考察:『中国の野望を絶つ日米共同作戦』
著者の思い
2024.04
日本安全保障戦略研究所上席研究員 樋口譲次

 21世紀におけるグローバルな安全保障の最大の課題は、米国と中国の覇権争いであり、近年、それに伴う対立が激しさを増している。
元を正せば、この争いは中国によって仕掛けられたものだ。そのため、米国は、主導権を奪回し、戦略的優位を維持するため、 中国の戦略を逆手にとった「形勢逆転戦略」によって対抗する構えである。このように、戦略には作用・反作用の法則が働く。
 核軍事大国の両国にとって、直接戦火を交える事態は、全面核戦争という極限的リスクへのエスカレーション階段を上る恐れがあることから、回避されると考えるのが一般的であろう。
 しかし、米国の力が後退し、中国の力が増大する中で、中国は、尖閣諸島や台湾などを念頭に、軍事闘争準備の重点を「情報化局地戦争における勝利」に据えている。
 したがって、今後、朝鮮戦争やベトナム戦争とは態様が異なるが、両国またはその一方が当事者か、あるいは何らかの形で関わった地域紛争は起こり得ると考えなければならない。

  戦後4年目の1949年に毛沢東中国共産党主席によって建国が宣言された中華人民共和国(中国)は、その歴史において台湾を統治したことが一度もない。 しかし、中国は、台湾は自国の一部であると一方的かつ頑なに主張し、平和的統一の未来の実現を目指すが、決して武力行使の放棄を約束しないことをたびたび表明している。
  2005年3月に制定された「反国家分裂法」では、「平和的統一の可能性が完全に失われたとき、国は非平和的方式やそのほか必要な措置を講じて、国家の主権と領土保全を守ることができる」とし、武力行使の不放棄を明文化している。
 その上、中国は、わが国の尖閣諸島は台湾の付属島嶼であり、中国領土の不可分の一部であると主張している。つまり、それは、台湾統一には尖閣諸島が含まれ、日本はその当事国として矢面に立たされることを意味している。
 一方、米国は、台湾海峡の平和と安定は米国のみならず国際社会の安全と繁栄に不可欠な要素であるとの立場を堅持している。 そして、中台いずれの側によるものであっても一方的な現状変更に反対であり、台湾の独立を支持せず、台湾関係法、3つの米中共同コミュニケ(注1)、6つの保証(注2)により導かれる「一つの中国」政策に引き続きコミットするとしている。
(注1)米中間で交わされた上海コミュニケ(1972年)、外交関係樹立に関する共同コミュニケ(1975年)、米中共同コミュニケ(八・一七コミュニケ、1979年)の3つの共同コミュニケを指す。
(注2)1982年にレーガン米大統領が示した、防御性武器の供与には期限を設けないこと、台湾関係法を改定することに合意しないこと、台湾の主権に関する立場を変更しないことなどを盛り込んだ台湾に対する「6つの保証」

 その上で、台湾の自衛を支援し、台湾に対するいかなる武力行使や威圧にも抵抗する米国の能力を維持することを定めた、台湾関係法に基づくコミットメントを履行する考えを示している。
 したがって、中国の台湾に対するアプローチの如何によっては、台湾問題が米中武力衝突の発火点になる危険性は否定できないのである。
 万一、そのような事態が起これば、日本有事あるいは存立危機事態、重要影響事態となるばかりか、周辺諸国、インド太平洋、ひいては国際社会に甚大な影響を及ばさずには措かないのである。

 他方、台湾問題は、地政学上の焦点ではあるが、それによって米中対立が始まった訳ではない。
 それは、既存の覇権国・米国と台頭する新興国・中国との世界覇権を賭けた争いであり、「トゥキュディデス(ツキジデス)の罠」を想起させる戦いである。 20世紀になり、歴史上はじめてユーラシア以外の覇権国になった米国は、ユーラシアに圧倒的な力を持つ地域覇権国の再現を阻止し、21世紀も「アメリカの世紀」を維持したいと考えている。
 一方、台頭する中国は、「中華民族の偉大な復興」をスローガンに、「米国衰退/中国興隆」論に乗って米国に代わり世界覇権を握ろうと考え、米国に挑戦状を突き付けている。
  そこに、「大国の興亡」あるいは「新たな大国間競争(GPC)」と呼ばれるグローバルな覇権争いの対立が生じているという構図である。
 これが、米中対立の基底をなしており、その見極めが本テーマの出発点となろう。

  翻って、前述の通り、米中にとって、安全保障・軍事上の最大の争点は、「東アジアの火薬庫」と言われる台湾問題であり、わが国にとっては「台湾有事は日本有事」である。
 
考察の内容(詳細は各項目をクリックしてください)
考察項目
思い!
考察T米中はなぜ対立するのか?
考察U中国の世界的覇権拡大戦略
考察V中国の戦略を逆手にとった米国の形勢逆転戦略
考察W米軍は中国軍といかに戦うのか?!―米軍の作戦構想―
考察X「南西地域」重視にシフトした日本の防衛構想
考察Y中国の野望を絶つ日米共同作戦
考察Z日本の最優先課題:「抑止体制の強化」に最大限注力せよ!
最後に一言!
参考主要参考文献略語(Abbreviation)解説

そこで本考察(各考察は、右図の項目をクリックしてください)は、まず、
 考察Tでは「米中はなぜ対立するのか?」について少し掘り下げ、その本質を探ってみることとした。  そして、
 考察U では中国が追求する世界的覇権拡大戦略について、
 考察Vでは、それに対抗し、中国の戦略的挑戦を跳ね返そうとする「米国の形勢逆転戦略」について、それぞれ詳述した。
 さらに、日米同盟に基づき、共同の抑止力・対処力の強化を前提とする我が国の防衛を考える場合、米国が、その戦略を拠り所に如何に戦おうとしているかの作戦構想を承知することなしには日米共同作戦の実態が理解できないことから、 それを考察Wで概説した。その上で、
 考察Xでは、わが国防衛の最重点正面として、西日本、就中「南西地域」重視にシフトした日本の防衛構想を説明し、
 考察Yでは、「中国の野望を絶つ日米共同作戦」のテーマで、「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」に基づき、日米がお互いの戦略を擦り合わせ、作戦構想を融合させて日米共同作戦の準備を行い、いかに中国に対する抑止力・対処力を高めているかについて、可能な範囲で明らかにした。
 考察Zでは、これまでの現状を踏まえ、わが国の安全保障・防衛の強化、特に、抑止体制の強化に資するための提言に代えて、若干の考察を試みた次第である。

 米中央情報局(CIA)のバーンズ長官は2023年2月、中国の習近平国家主席が「2027年までに台湾侵攻を成功させる準備を整えるよう、人民解放軍に指示を出した」との見方を示した。 バーンズ長官は、早期の台湾侵攻がありうるとして警鐘を鳴らした形であるが、習主席が2027年前後に台湾侵攻を行うと決めたわけではないとか、避けられないものでもないとする論調もある。
 このように、「台湾有事は日本有事」に関しては、直ちに起こるとする分析から、起こり得ないとするものまで広範多岐にわたっており、誰にとっても正確に予見することの難しい作業である。
 また、歴史に照らすと、未来予測は往々にして外れることが多いことから、安全保障・防衛の要諦は「最悪に備えろ」と言われるのである。

 本考察は、そのような問題意識を共有し、安全保障・防衛に関心のある一般読者を対象としてまとめたものである。
  国連憲章や国際法を踏みにじったロシアによるウクライナ侵略は、すでに2年を超えて長期消耗戦の様相を呈し、終結の見通しは立っていない。
 イスラエル・ハマス戦争は、ユダヤ教の小国とイスラム原理主義武装組織との争いであるが、親イラン武装組織であるイエメンのフーシ派やレバノンのヒズボラのハマスの共闘が絡まって事態が複雑化し、 その影響は、中東全域、さらには国際社会へと波及して混乱を拡大している。
  インド太平洋では、中国が、経済が急減速する中、経済成長率を上回る高いペースで国防予算を拡大しつつ、「力による一方的な現状変更とその既成事実化の試み」を強行しており、当該地域のみならず、国際社会の平和と安全を揺るがす重大事態に発展しかねないとの懸念が募っている。
 このように、地球の至る所で紛争や危機が発生し、その影響がかつてないほど相互に結びついて世界秩序が一段と不安定になり、国際社会は戦後最大の試練の時を迎えている。険悪化する国際安全保障環境の下で、新たな壊滅的・悲劇的危機が、わが国及び周辺国そしてインド太平洋諸国を襲わないことを願うばかりである。
 そのため、わが国にとっての最優先課題は「紛争の未然防止」、すなわち「抑止」であり、確かな「意思と能力」に裏付けされた抑止体制を強化することに最大限の努力を傾注しなければならないと強く訴えたい。

 願わくは、本書によって、米中対立の本質や台湾を巡るわが国の危機、それを抑止しようとしている日米の努力などに関する読者の理解が深まり、それを通じて、わが国の安全保障・防衛体制が強化され、平和と安全の維持に資するとすれば、筆者として、この上ない喜びである。

 末尾になるが、本書の上梓に当たり、日本安全保障戦略研究所(SSRI)の冨田稔上席研究員には大変貴重なご助言を頂いた。改めて心よりの謝意を表する次第である。
〜わが魂の故郷・東彼杵町を思いながら〜  著者

<注>本書は、英語の資料を多用している関係上、本文中に多くの英語表記の略語を用いている。その細部説明を巻末の略語(Abbreviation)解説にアルファベット順に掲載しているので、随時参照されたい。