≪新春特別寄稿≫
米インド太平洋軍は、中国といかに戦うか!?
日米台が協力連携して戦う体制作りが急務

2022.01.01
日本安全保障戦略研究所上席研究員 樋口譲次
           -構成-
 ♦中国を睨んだ米軍のインド太平洋重視シフトは漸進的
 ♦米国のインド太平洋戦略と米軍の作戦術    
 ♦米インド太平洋軍(USINDOPACOM)の作戦体制  
 ♦日米台が協力連携して戦う体制作りが急務  


中国を睨んだ米軍のインド太平洋重視シフトは漸進的


 2021年8月の米軍のアフガニスタンからの撤退は、大きな混乱と屈辱的な失敗を伴った。
 バイデン大統領がアフガン駐留米軍の性急な規模縮小を推し進めた結果、国防省と国務省との間の政策調整が不十分となり、 タリバンが攻勢を強める中で、同政権が状況の変化に迅速に対応できなかったことが最大の要因と見られている。
 首都カブール陥落後、台湾では「米国は有事の際に台湾防衛に動くのか」との警戒感を引き起こしたように、 米国の軍事的コミットメントの強さや信頼性に対して国際社会の疑念が高まったことは否定できない事実であり、 このような事態に及んだことで、米国が外交的そして心理的な打撃に苦しんだことは間違いない。
 もとより、米軍のアフガニスタンからの撤退は、中国の覇権的拡大の野望を睨んで、バイデン政権がこれまでの政権以上に「アジア回帰」、 「インド太平洋重視」の姿勢転換を明確に示すことにあった。

 その後の2021年11月末、米国防省は「米軍の世界的な態勢見直し」(Global Posture Review:GPR)を発表した。 態勢見直しは、同盟国、友好国との数次にわたる意見交換や協議を経てまとめられたもので、その中には北大西洋条約機構(NATO)加盟国や日本、 オーストラリア、韓国、さらに中東・アフリカ地域の10か国以上が含まれる。本来、機密扱いのため、その概要以外は公表されていない。

        公表された内容の要点は、次の3点である。
@インド太平洋地域の安定と中国の軍事的進出に対処するためインド太平洋地域を
 最優先すること=対中国に重心をシフト
A同盟国や友好国との協力強化
B配置転換は漸進的:今後数年で具現化

 @については、世界の他地域で兵力や軍備を縮小し、特に、中東から軍事力(ミサイル防衛部隊や海空軍戦力など)を引き揚げ、 インド太平洋地域(と欧
 州) に再配置すること。その際、オーストラリアや米領グアム、米自治領北マリアナ連邦(グアム島を除くマリアナ諸島:テニアン島、サイパン島など)
 での基地機能を強化するとされている。
 Aについては、同盟国や友好国に基地の提供やローテーション配備等を求める内容になっている。
 Bは、対中国を念頭にインド太平洋地域に重心を移す明確な方針を示したものの、大規模な配置転換を見送り、当面のインド太平洋へのシフトは 比較的小
 規模となる見通しを示した。 つまり、インド太平洋に向けて、配置転換の針を少し動かし、今後数年で針をさらに動かす構えである。

 この背景には、中東(イラン)や欧州(ロシア)で軍の態勢を大きく変えられない厳しい状況が続いており、また、駐留受け入れ国との具体的な交渉には時間 がかかることなどの問題が指摘されている。
 国防省高官は、「政権1年目であり、戦略レベルの大きな変化を起こす時ではない」と釈明したが、中国を過度に刺激しないとの配慮が あることも窺える。 これに対し、アメリカン・エンタープライズ政策研究所のザック・クーパー研究員は「米国はこの10年、アジア重視をうたい続けたが、 政策や予算など実際の行動との間には大きな乖離がある」、 「戦略や構想は素晴らしいが、行動が伴っていない」と指摘している。また、議会関係者は米誌に「決断と変化、危機感、創造性のすべてが 欠けている」として、同態勢見直しをこき下ろした。

 そのように、バイデン政権による実質的な変化の乏しさは、米軍のコミットメントの決意について中国に誤ったシグナルを送る恐れがある一方、インド太平洋地域の当事国の間では期待外れの感は否めず、 落胆・不安は解消されていない。台湾に対する「曖昧戦略」の見直しなど、その信頼回復には明確な姿勢を示すことが求められよう。

米国のインド太平洋戦略と米軍の作戦術


米国のインド太平洋戦略


 米国は、中国が周辺国の領土、領海・海洋権益そして航行の自由を侵犯し、米軍を西太平洋から排除して覇権的拡大を続ける中、今後、 それをどのように抑止しようとしているのであろうか。
 米国の中国を対象としたインド太平洋戦略は、「エアーシ−・バトル(Air-Sea Battle:ASB)構想」や「国際公共財におけるアクセスと 機動のための統合構想」(Joint Concept for Access and Maneuver in the Global Commons:JAM-GC)」などとして知られているが、 それらは、2018年2月に国家安全保障会議(NSC)で機密文書として作成され、2021年1月に機密を解除のうえ公開された 「インド太平洋に対する米国の戦略的フレームワーク」に要約されている。
 同文書は、インド太平洋地域で米国の戦略的優位性を維持し、既存の規範を破る中国の影響範囲が確立されるのを防止し、 自由な経済秩序を促進することを戦略目標に掲げている。

 そして、戦略目標達成のための具体的施策として
@米国の利益と安全保障上の関与を守るために、インド太平洋地域で信頼できる米軍のプレゼンスと態勢を強化すること
A米国を主要なハブとする日本、オーストラリア、インド4か国の戦略的枠組み(クアッド)を形成し、日本の地域中心的な
 リーダーシップを 強化すること
B紛争時には
・第1列島線内での中国の持続的な海と空の支配(制海・制空権)を拒否し
・台湾を含む第一列島線国を守り
・第1列島線外のすべての領域(ドメイン)を支配する
としている。

 換言すると、第 1列島線上に米国と同盟国による対艦・対空ミサイルを中心とした阻止ライン(阻止の壁)を作り、東シナ海と南シナ海で 水中戦等を交えて中国艦艇を徹底して沈め、西太平洋に向けた軍事的攻撃の企てが完全に失敗に帰すことを悟らせる対処の態勢を確立して、 紛争の発生を未然に防止しようとするものである。

 孫子は、謀攻篇で「故上兵伐謀(故に上兵は謀を伐つ」、すなわち、「軍事力の最高の運用法は敵の戦略を未然に打ち破ることである」と 言っている。その箴言に沿ってか、米国は、中国の「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」戦略を逆手に取り、それと対称・対抗的な戦略としての 形勢逆転戦略(Turn the Tables Strategy)を採用していると見ることができる。

 上記のうち、Bがいわゆる軍事作戦のあり方に指針を示すものであり、米陸海空軍・海兵隊は、それぞれの基本任務・役割に応じ、また、 従来の陸海空に加え、宇宙、サイバー、電磁波領域に拡大した多重・多層空間におけるマルチドメイン作戦(Multi-Domain Operations:MDO) に対応できるよう、それぞれの具体的方策(作戦術)を案出し、部隊実験や演習等を通じて改良を積み重ね、実戦に適用させようと意欲的に 取り組んでいる。

米軍の作戦術


<陸軍>
 細部説明は省略するが、陸軍がMDO態勢へ舵を切る切っ掛けを与えたのは海軍であった。
 陸軍は、冷戦間、ソ連との大規模地上戦を想定した陸空軍中心の「エアーランド・バトル(Air-Land Battle:ALB)」構想に備える戦力整備を 行ってきた。それを一変させたのが、前々インド太平洋軍司令官のハリー・ハリス海軍大将であった。彼は、中国の海洋進出の脅威増大に対抗する 海空軍中心のASB構想を、両軍に止めることなく、陸軍・海兵隊にまで役割拡大を求めたマルチドメイン戦闘構想 (Multi-Domain Battle Concept:MDBC)を提唱し発展させた。
 ハリス大将は、2016年の米陸軍協会(AUSA)年次総会で、以下のように陸軍に要求した。

 太平洋軍の責任範囲は、インド・アジア・太平洋での運用であり、必然的にマルチドメイン戦場となっている。
 ここで米陸軍を含む同盟国の地上部隊に、以下のような役割が期待されている。
    ・船(艦艇)を沈めよ
    ・宇宙への攻撃・防御能力を持て
    ・ミサイルを落とせ
 特に他の領域を支援し、活発化させ、防御する「クロスドメイン地上発射型能力」が必要である。

 このように、海空軍の能力に陸軍の対艦・対空ミサイルを統合してマルチドメインの形を作ることを目指したのである。
 現在、陸軍は、マルチドメイン任務部隊(Multi-Domain Task Force:MDTF)を造成中である。
 MDTFは、情報、情報保全、サイバー戦、電子戦、宇宙戦の機能をもつI2CEWS大隊、戦略砲兵(火力)大隊、防空砲兵大隊及び旅団支援大隊から 編成されている。
 MDTFは、インド太平洋戦域に2個、欧州に1個、北極圏に1個が配置され、残りの1個は戦略予備となる計画であり、インド太平洋戦域では、第1列島線国・重要島嶼等への展開が予定されている。 中でも戦略砲兵(火力)大隊は、高機動ロケット砲システム(HIMARS、射程500km以上で1000q以上に延伸する計画あり)、中距離ミサイル能力(MRC、射程1800km)及び長距離極超音速兵器(LRHW、射程2775km)を保有し、特に、LRHWを第1列島線国・重要島嶼等に配置すれば、敵基地攻撃兵器として中国大陸の殆どをカバーする能力がある。

 今後、MDTFが、どのような情勢下に、どこに、どのようなタイミングで配置されるかが大きな注目点である。

<海軍>
 海軍は、作戦の初期段階において、中国軍のミサイルの飽和攻撃による致命的な損害を回避するため、米空母打撃群は第2列島線以遠へ退避し、 水上艦艇(潜水艦を除く)は東シナ海には入れないとの見立てから、制海権(Sea Control:SC)の獲得に不安を滲ませてきた。
 しかし、SCは、海軍にとって必須事項であることから、2016 年、リチャードソン米海軍作戦部長は、米海軍の将来構想の指針として発表した 「海上優勢の維持への構想」(A Design for Maintaining Maritime Superiority)の中で「海上における海軍力の強化」の方針を示した。 その回答として、2017 年にローデン米海軍水上部隊司令官が「水上部隊戦略−シーコントロールへの回帰」 (Surface Force Strategy‐Return to Sea Control)と題した文書を発表し、SCへの回帰を目指すようになった。
 SCへの回帰は、「広海域分散配置」(Distributed Lethality:DL)あるいは「分散海洋作戦」(Distributed Maritime Operations:DMO) と呼ばれる作戦術によって裏付けられている。すなわち、第1列島線沿いの阻止ライン(阻止の壁)の防空援護の下、空母打撃群といえども、 広い海域に分散展開し、継続的に動き回る(機動する)ことによって中国軍の対艦ミサイルからの損害を回避しつつ、分散したプラットフォーム、 兵器、システム、センサーを統合するネットワーク戦を展開してSCを維持するというものである。
 なお、第1列島線内の東シナ海や南シナ海では、潜水艦や無人水中艇による水中戦や機雷戦、無人機やステルス爆撃機による攻撃などが 行われる。

 MDOによって中国の対艦ミサイルの脅威が低下すれば、その脅威下に海軍・海兵隊混成の沿岸戦闘群(Littoral Combat Group:LCG)をもって中国の沿海域に侵入し、「紛争環境下における沿海域作戦」(Littoral Operations in a Contested Environment:LOCE)を遂行して、すべての海域におけるSCを確保する作戦に移行することになる。

<海兵隊>
 海兵隊が目指しているのは、「遠征前進基地作戦」(Expeditionary Advanced Base Operations:EABO)である。
 この作戦術は、小規模の海兵隊部隊が隠密裡に作戦上重要な第1列島線沿いの島嶼等に機動展開し、敵の艦艇や航空機等を目標に対艦・対空ミサイル等 の火力を発揮して制海(SC)・海洋拒否(SD)の獲得維持に寄与する作戦であり、任務の完遂に伴って別の場所へ迅速に移動を繰り返すという コンセプトから成り立っている。
 このため、海兵隊は、同作戦用の4千トン級「軽水陸両用艦」(Light Amphibious Warship:LAW)を要求している。これに、 100名弱の海兵隊員と、兵器、装備、補給品など搭載して上陸、作戦、移動を繰り返す。
 主要兵器として、海洋打撃ミサイル(Naval Strike Missile:NSM)とHIMARS(High Mobility Artillery Rocket System)の 長距離対艦ミサイルを装備している。
 NSMは射程200km以上、HIMARSはGPS誘導ロケット弾「ER-GMLRS」(6発)の場合は射程150km、「ATACMS(陸軍戦術ミサイルシステム)」 (1発)の場合は300kmである。
 防空火器は、中(長)距離用Medium-Range Interceptor Capability、短距離用Marine Air Defense Integrated System(MADIS)を装備する 計画である。
 また、海兵隊は、前述の通り、戦況が順調に推移すれば、海軍とLCGを編成し、LOCEを遂行する。

 このように、海兵隊は、敵艦艇の打撃、対潜水艦戦による重要海域の拒否・支配、そして防空・ミサイル防衛などを実施し、専ら海軍のSC・SD獲得維持に寄与する任務役割を負っており、特に、陸軍の戦略砲兵(火力)との任務役割・能力上の競合・重複を避ける観点から棲み分けがなされている。

<空軍>
 空軍は、海軍と並んでASB構想を中心となって遂行する軍種の一つである。
 しかし、航空基地の僅少さと脆弱性及びそれに伴う即応性(readiness)の観点から、大きな困難に直面している。

 中国軍は、沿海地域の東西南北に多数の海空軍航空基地を展開しており、また中国軍機が使用できる国際空港などの民間飛行場が全国至る所に 存在する。
 他方、在日米軍は、三沢(空軍)、横田(空軍)、厚木(海軍)、岩国(海軍)、嘉手納(空軍)そして普天間(海兵隊)の6個の航空基地に 限られている。
 在韓米軍には、烏山と群山に二つの主要空軍基地があるが、それ以外は、同盟国の海空軍基地を共同使用するか、 グアムやハワイ、アラスカ、米本土などの航空基地から発進するしかない。

 中国軍の態勢に比べると、米軍の航空基地は極めて僅少で、しかも中国軍の弾道・巡航ミサイルの攻撃によって早期に航空機や基地機能を 喪失する恐れがあり、そのため即応性の観点から劣勢に立たされている。
 そこで、米空軍は、これらの困難を克服し航空優勢を獲得するため、「迅速機敏な戦力展開」(Agile Combat Employment:ACE)という 作戦術を案出した。この際、ACEは、「広域展開基地システム」(Deployable Air Base Systems:DABS)と一体的に運用される。
 ACEは、中国のミサイル等による敵基地攻撃能力の脅威を踏まえ、基地任務の確立と維持に熟練した小規模部隊の敏捷性を活かして、 情勢が変化しやすい場所への展開能力を高めるというコンセプトである。
 DABSは、インド太平洋の各地に基地・シェルターを設け、車両、建設機材、その他の資器材を事前集積し、そこに空軍部隊が移動して 航空作戦を立ち上げるというものである。
 すなわち、空軍は、中国軍のミサイルによる脅威を念頭に、既存の基地以外の要所に基地をあらかじめ選定し、そこに必要な資器材を 事前集積し、状況の変化に即応して、大型輸送機に必要な要員や航空管制装置などを載せて機敏に移動し、抗堪性・柔軟性を確保して航空作戦を 継続的に遂行しようとしているのである。
 そのため、既述の通り、オーストラリアやグアム、マリアナで基地機能を強化する準備が進められている。
 また、現在、米軍は、米国と「自由連合協定」を締結し、安全保障・国防の権限・責任を米国に委任しているミクロネシア (パラオ、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島)と基地建設・使用について交渉中の模様である。
 さらに、米比「防衛協力強化協定」(Enhanced Defense Cooperation Agreement:EDCA、 2014年)に関して、2021年9月に両国国防長官会談 が行われ、5か所の比軍事基地での米軍の運用再開が確認された。5か所の基地のうち4か所は空軍基地であり、他の1か所は航空基地機能を有する 比最大の陸軍基地である。
 この件については、「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」の「施設の使用」の項目でも取り上げられ、自衛隊及び米軍の 相互運用性を拡大し並びに柔軟性及び抗たん性を向上させるため、施設・区域の共同使用の強化や施設の追加提供、民間の空港及び港湾を含む 施設の一時的な使用が謳われており、日本政府として解決しなければならない喫緊の課題である。

 以上、米国のインド太平洋戦略と米軍の作戦術について要点を掻い摘んで説明したが、それでは、米太平洋軍の作戦はどのような体制で遂行されるのであろうか。

米インド太平洋軍(USINDOPACOM)の作戦体制


 米インド太平洋軍(以下、INDOPACOM)は、6個の地域別統合軍のうち最大規模を誇る。14のタイムゾーンを有し、文化的、社会的、経済的、 地政学的に多様な36か国、世界人口の50%以上を包含する地域、そして世界の全海洋面積の約66%を占めるインド洋から太平洋に跨る広大な海洋を カバーしている。
 軍事的に中国やロシアに代表される世界最大級の軍隊と5つの核保有を主張する国が存在し、中国の海洋進出や朝鮮半島問題を抱えるなど 緊張度の最も高い区域である。
 インド太平洋軍司令官は、約13万人の軍人のほか、州兵、沿岸警備隊員そして米国防省の職員などを合わせ38万人超の人員を率い、 インド太平洋地域の紛争の抑止と対処に責任を有する。
 防衛白書(令和3年版)によると、軍人約13万人の内訳は、陸軍約3.5万人、海軍約3.8万人、海兵隊約2.8万人、空軍約2.9万人である。 そのうち、北朝鮮との地上戦を想定する在韓米陸軍約2万人と同空軍約8千人(Air-Land Battleの態勢)を差し引くと、INDOPACOMは海軍・海兵隊 及び空軍中心の編成になっており、いわゆるAir-Sea Battleの態勢をとっている。(ちなみに、欧州軍は、約6.4万人でINDOPACOMの2分の1、 陸軍約2.6万人、海軍約0.7万人、海兵隊約0.1万人、空軍約3.0万人で、Air-Land Battleの態勢になっている。)
 INDOPACOMは、隷下に2つの統合軍(在日米軍、在韓米軍)と太平洋陸軍、太平洋艦隊、太平洋海兵隊、太平洋空軍及び太平洋特殊作戦軍の 6つの軍種別軍を置いている。
 では、実戦ではどのような体制で戦われるのであろう。
 それには身近な前例がある。2011年の東日本大震災に当たり、防衛省・自衛隊とインド太平洋軍は、「トモダチ作戦」の名のもとに 共同作戦を実施した。その際、インド太平洋軍司令官は「統合支援部隊」(Joint Support Force)を編成したが、その指揮を太平洋艦隊司令官 兼ねて統合任務部隊(JTF)-519司令官が執るように命じた。
 太平洋艦隊の公式ブリーフィングによると、JTF-519は常設されており、太平洋艦隊司令官がその指揮官を兼務している関係から、 海上作戦センターを有する太平洋艦隊主司令部(MHQ)がインド太平洋における作戦指揮の中心的司令塔となるようだ。
 そして、JTF-519は、インド太平洋軍司令官の全般指揮を受けるJTF-519司令官(太平洋艦隊司令官)の下に、統合陸上構成部隊 (指揮官:第1軍団司令官)、統合海上構成部隊(指揮官:第7艦隊司令官)、統合上陸群(指揮官:VMEF司令官)、統合航空構成部隊 (指揮官:第13空軍司令官)、統合心理作戦任務部隊(指揮官:第4心理作戦群長)そして統合特殊作戦構成部隊 (指揮官:太平洋特殊作戦軍司令官)を置く体制をとっている。
 つまり、INDOPACOMは、実戦において統合任務部隊(JTF)を編成して戦うのである。
 日本には、陸海空軍・海兵隊、併せて約5万人に上るインド太平洋軍の主力が駐留し、JTF-519の基幹となる第7艦隊及びVMEF (第3海兵機動展開部隊)がおり、統合陸上構成部隊を指揮する第1軍団司令官の前方指揮所がキャンプ座間に置かれている。さらに、 統合航空構成部隊の中で、唯一3個航空団を擁する第5空軍は最強である。
 また、尖閣諸島をはじめとする南西諸島のほぼ中心に位置し、台湾に最も近い戦略的要衝の沖縄には、第5空軍第18航空団、VMEFの主力など、 陸海空・海兵隊の部隊が即応性・機動性を維持しつつ駐留している。

 つまり、INDOPACOMの作戦体制は、ハワイが司令塔(頭脳)となり、日本(在日米軍基地)を東アジアの最重要戦略拠点とし、 沖縄(在沖縄米軍基地)そしてグアム−沖縄から東南に約2270qとかなり離れているが―に対中作戦の最前線基地としての重要な役割を 期待しているのである。

日米台が協力連携して戦う体制作りが急務


 以上、INDOPACOMについて概観した。バイデン大統領は、中国との対立・競争を「民主主義対専制主義」の戦いととらえ、日米豪印4か国戦略対話 「クワッド」(Quad)や米英豪3か国軍事同盟「オーカス」(AUKUS)、先般の「民主主義サミット」などの多国間連携メカニズムを通じて 「自由で開かれたインド太平洋」を維持するとともに、中国の世界的覇権拡大に対処しようとしている。
 その中で、米国・INDOPACOMの主要な関心はどこに向けられ、何を焦点として備えようとしているのか。日本はどうか。
 それは、紛れもなく東シナ海から南シナ海における中国の軍事的侵出であり、とりわけ台湾有事・日本有事に他ならない。
 中国国務院(政府)台湾事務弁公室の馬暁光報道官は2021年12月15日の記者会見で、安倍晋三元首相が台湾の国際機関への参加支持を 表明したことに対し「台湾は中国の一部であり、日本の一部ではない」と反発した。
 その言葉は、そっくり中国に返さなければならない。「台湾は中国の一部ではない。まして尖閣諸島は歴史的にも国際法上も日本固有の 領土であり、中国の一部では断じてない」と。

 しかし、中国は、台湾統一を自明の前提として武力行使を放棄しないことをたびたび宣明して憚らず、また、尖閣諸島(中国名は釣魚列島) は台湾の附属島嶼であり、それ故に中国の不可分の領土の一部であると頑なに主張している。
 換言すると、中国の台湾統一に向けた武力行使の範囲には日本の尖閣諸島が含まれており、同諸島を焦点とした日本の南西地方有事は、 台湾有事と同時に生起する可能性が高いと見なければならない。まさに台湾有事は日本有事である。

 米国のバイデン政権は、トランプ政権と同様に、軍事面において台湾を支援する姿勢を鮮明にしていくなか、台湾を「核心的利益」と 位置づける中国が、米国の姿勢に妥協する余地はほとんどないと見られ、台湾をめぐる米中間の対立は一層顕在化していく可能性が高い。
 つまり、米中の本格的対立を背景に、日本の尖閣諸島を巻き込んだ台湾問題はいわば地域の「火薬庫」であり、インド太平洋の平和と安全を 揺さぶりかねない深刻な事態への拡大が懸念されるのである。

 「台湾が危ない・日本も危ない!」この危機に際し、日台双方の協力連携の取り組みの必要性は、避けて通れない課題である。残念ながら、 日本と台湾は、正式の国交がなく、「非政府間の実務関係」という政治外交的困難があるが、これを直ちに克服することは無理であるとしても、 いまこそ双方の安全保障・防衛協力の強化に向け、事実上の協力連携の可能性を最大限に模索することが急務である。
 そこでまず、日台の2か国間では、中国も容認せざるを得ない平和目的や不測事態発生防止のための活動や措置、例えば、国際災害派遣、 非戦闘員を退避させるための活動、サイバー空間に関する協力、捜索・救難、海洋安全保障(海洋状況把握:MDAなど)、空域管理のための調整、 情報共有体制や海空連絡メカニズム(ホットライン)の構築など、実行可能なことから直ちに着手すべきである。
 一方、わが国は、2021年4月の日米首脳会談及び同年6月のG7首脳会談において、尖閣諸島を焦点とした南西地方問題及び台湾問題のいわば 当事国であることを踏まえ、「台湾海峡の平和と安定及び両岸問題の平和的解決」に積極的にコミットすることを米国とともに国際社会に向けて 公約した。
 その国際公約を具体的に推進するうえで日本は、第1に自らの防衛力を飛躍的に強化しなければならない。そして、地域の中心的リーダ としての大きな役割が期待されていることから、抑止力を高める関係国との安全保障・防衛協力のネットワーク構築に向けて強力な イニシアティブを発揮しなければならない。

 そのネットワークの中心にあるべきものは、日米安保条約と台湾関係法を背景とした、事実上の日米台の安全保障・防衛協力の取組に 他ならない。
 そこで、わが国が、日米同盟の立場から、米国が主導する台湾政府高官・軍高級幹部との交流プログラム、軍事演習への台湾軍の招聘、 西太平洋における台湾海軍との二国間・多国間海上訓練(リムパック)、グローバル協力訓練枠組み(GCTF)などに参加すれば、それは 日米台3か国防衛協力の枠組み作りの大事な一歩となり、日米台の安全保障・防衛協力を促進する現実的かつ実効的なアプローチに 繋がるのではなかろうか。

 習近平党総書記(国家主席)は、2021年7月1日の中国共産党創立100年の式典で、米国との対決姿勢を顕わにしつつ「台湾統一は党の 歴史的任務」であると演説した。3期目(2023〜2028年)を目指すと見られる自らの在任間に、台湾統一を成し遂げる構えのようである。

 そのように、日米台3か国には、多くの時間は残されておらず、さらに踏み込んだ本格的な安全保障・防衛協力の体制作りが 急務であることは論を待たない。
 日本では、安倍政権によって平和安全法制が整備され、「重要影響事態」と「存立危機事態」について規定され、その事態が認定されれば、 台湾有事をカバーすることができると解釈されている。
 しかし、そのような法的裏付けがあっても、日米台3か国による平時からの協議、政策面及び運用面の調整、そして共同演習・訓練などが 行わなければ、有事における有効な機能発揮を期待することはできない。

 つまるところ、日米安保条約と台湾関係法を連結・一体化させ、日米台3か国間の政治・軍事の協議の場を設け、 「日米台防衛協力のための指針(ガイドライン)」を作り、それに基づいて共同計画策定メカニズムを構成し、共同演習・訓練を実施する 仕組みが不可欠である。 それを成し遂げるため、いま、わが国は重大な政治決断が求められているのである。
               (本稿は、2021.12.24付のJapan Business Pressに掲載された論文を、許可を得て転載したものである。)