『中国の野望を絶つ 日米共同作戦』
2024.04
日本安全保障戦略研究所上席研究員 樋口譲次
最後に一言
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主要参考文献略語(Abbreviation)解説

 これまで、米国と中国の対立について分析してきたが、「大国の興亡」あるいは「新たな大国間競争」と呼ばれる両国のグローバルな覇権争いにも、戦略的限界が指摘される。

 その第一は、それぞれが核軍事大国であるため、双方の存立を危うくする全面核戦争や核戦争にエスカレートする恐れのある決定的な軍事対決は抑制されることになろう。 そのことを含め、両国があまりにも大き過ぎ、また離れ過ぎているため、相手を占領支配するといった戦略目標も、一から立て難い。

 第二は、米中対立は「民主主義と強権(専制)主義の対立」と言われるように、政治・経済・社会制度や民族、歴史・文化などの根本的違いを背景にした争いである。 そのため、相手の国家機構の解体や新たな政治制度の導入などを伴う外側からの体制転覆にも、その特殊性が大きな妨げとなる。

 第三は、経済のグローバル化や情報通信技術の発展などに伴う国際的活動の相互依存性や交流の深化した国際社会では、相手に全面的な孤立(封じ込め、デカップリング)を強要する枠組み作りは難しい。

 第四は、米国のバイデン大統領と中国の習近平国家主席は2023年11月、米サンフランシスコ近郊で会談し、過度な対立の回避を図る「競争の管理」に向けた対話の継続を確認し、米中両軍の偶発的衝突を避けるため国防当局・軍高官対話の再開で合意した。

 このように、対立を競争の範囲に止め、激化させないようお互いに適切に管理しようとする一定のコンセンサスがある。
 そのため、米中対立は、大規模かつ全面的な軍事衝突が回避され、政治・外交、経済・通商、科学技術、情報、資源、文化などの総合国力による戦いとなる可能性が高く、長期持久戦になる公算が大きい。

 換言すると、戦略の目的及び方法を選択する場合、利用できる国力が戦略の範囲を決定することから、それを最大限首尾よく支えるために利用できる国力を考えなければならないと言うことだ。

 米国の国際政治学者ハンス・J・モーゲンソーは、古典的名著とされる『国際政治』(2013年)の中で、
 国力の諸要素として
国力の諸要素
区分要素
比較的安定した量的要素@地理
A天然資源
B工業力
C軍備
D人口、
変化する質的要素E国民性
F国民の士気
G外交の質
H政府の質
@地理、A天然資源、B工業力、C軍備、D人口、E国民性、F国民の士気、G外交の質、H政府の質、 の9項目を挙げ、@からDを比較的安定した量的要素、EからHを変化する質的要素に区分している。

 そして、国力のうち、軍備の不足を補い、また他国と軍事システムを統合して脅威対象国(仮想敵国)に対するバワーバランスの維持、軍事的優越の獲得ひいては地域の平和と安定の確保を図るのが、「同盟関係」である。

 これまで「中国の台頭」のけん引力になってきた経済には陰りが見え始め、人口減少・少子高齢化の加速、食料・石油の純輸入国、そして同盟関係の希少などの負の要因も指摘されている。

 戦略を考える場合、「利用できる国力がその範囲を決定する」という原則に照らせば、「大国であっても、国力を超えて際限のない征服政策に乗りだす場合は失敗に帰する」ことになり、中国も世界的覇権拡大戦略の軌道修正を迫られることになるかも知れない。 ただし、独裁を強める習主席は、指導陣に能力よりも忠誠心を重視していると指摘されており、その結果、閉鎖的かつ硬直化した党や政府機関に、状況判断や意思決定の柔軟性や創造性が戻ればの話しではあるが…。

 一方、米国は、多国間の安全保障システムや国際通貨システム、自由貿易システムなどの国際秩序あるいは国際公共財を創造し保障する力を持つ唯一の国、国際貿易なしでも繁栄できる若年人口を持つ唯一の国、 世界上位規模の国土国民を持ち、海外からのエネルギー供給システムを必要としない唯一の国、そして世界中どこにでも介入できる唯一の軍事大国などと評価されており、国際政治のすべてのカギを握っている。
 このように見ると、中国の対米挑戦の前提となっている「米国衰退/中国興隆」、「中国の世紀」到来との見立てには、大きな疑問符が付くことも一概に否定できない。

 したがって、今後の米中対立の動向や行方については、改めて、総合国力や同盟関係などの視点から慎重かつ総合的な分析が求められることを付言し、以上をもって擱筆する。