『中国の野望を絶つ 日米共同作戦』
2024.04
日本安全保障戦略研究所上席研究員 樋口譲次
『考察Z』 日本の最優先課題:「抑止体制の強化」に最大限注力せよ!
-構成-
1 日米同盟を基軸とした「統合抑止」体制の強化
(1)インドとの関係強化と「統合島嶼防衛構想」の推進
(2)日米台の連携メカニズムの構築
2 核抑止体制の見直し・強化
3 国を挙げた総合一体的な防衛体制の整備
(1)「全政府対応型アプローチ」の確立と有事を想定した図上・実働演習の実施
(2)経済安全保障
(3)民間防衛体制の整備
4 抑止の最大の鍵である「対処力」の強化
(1)南西地域を焦点とする作戦構想の具体的強化
ア 南西地域を固守し第1列島線上に中国軍侵出阻止のバリアーを構築すること
イ ゲームチェンジャーになり得る水中戦能力の強化―決め手は原子力潜水艦の保有―
ウ 敵基地攻撃能力を含むスタンド・オフ攻撃能力の強化
(2)クロスドメイン作戦」能力の具現化とネットワークの強化
ア 領域横断作戦(CDO)能力の具現化とボトルネックの改善
イ ネットワークの強化
(3)抗堪性と継戦能力の確保
5 情報戦・心理戦の強化
最後に一言
付表・付図
図7-1 領域横断図(CD)の概念図ACMの組織
<参考> *各考察等に戻る:
考察T考察U考察V考察W考察X考察Y考察Z最後に一言
主要参考文献略語(Abbreviation)解説

 中国によって仕掛けられた世界的覇権拡大戦略、中でもA2/AD戦略による挑戦に対し、米国は形勢逆転戦略で対抗して主導権を奪回するとともに、同盟国や友好国などによる米国のコミットメントに対する疑念を払しょくしようと腐心している。
 そのような中、日米は、「防衛協力のための指針(ガイドライン)」に基づき、お互いの戦略を擦り合わせ、作戦構想を融合して日米共同の抑止力・対処力の強化を目標に、毎年、着実に成果を積み重ねている。
 国家安全保障及び国家防衛戦略の最大の目標は、「紛争の未然防止」、すなわち「抑止」にある。
その抑止の目的を達成するには、一般的に、
 @敵の侵略を撃退するに十分な戦力、すなわち「対処力」を持つこと、
 Aその戦力を使用する用意があること、
そして
 B相手(敵)に対してこちらの決意を悟らせること、
 以上の3つが必須要件であると言われている。
中でも、@が抑止の第一条件である。

 現在、日米が進めている戦略的アプローチは、最大の目的である「紛争の抑止」の実効性を高める方向でその深化が図られていると見られるが、わが国の抑止体制の強化に当たっては、さらに注力すべき多くの課題や問題点が残されている。

 以下、その現状を踏まえ、課題や問題点の改善・強化のための具体的措置・対策について、特に重要な点に絞って述べることとする。

1 日米同盟を基軸とした「統合抑止」体制の強化
(1)インドとの関係強化と「統合島嶼防衛構想」の推進
 現在、「自由で開かれたインド太平洋」というビジョンを共有し、宇宙・サイバー・電磁波(電子)など新たな領域への脅威の多角化や日本の敵基地攻撃能力の保有などの時代の変化を踏まえ、共同抑止・対処体制を拡大強化するため「日米同盟の現代化」が図られている。
 それを基軸として、さらに、日米豪印の「クアッド(Quad)」や米英豪の「オーカス(AUKUS)」などの多国間ネットワークが整備されている。
 中でも注目されるのは、「自由で開かれたインド太平洋」への共同コミットメントを確認している日米豪印のクアッド(〇頁の図表参照)である。
 クアッドでは、日米、米豪はそれぞれ同盟関係にあり、また、日豪は準同盟と呼ばれる程に緊密な協力関係を構築している。
 しかし、4か国関係にも弱い一点がある。それは、非同盟主義、多国間主義を基本とし、ロシアの兵器と石油・天然ガスに大きく依存するインドであり、そのため、クアッドは「緩やかな安全保障枠組み」と見られている。
 インドは、「中国の次はインド」「現在の中国の代りになりそうな国は、インドをおいて他にない」と言われるように、世界で最も顕著な成長要因として、今後の国際社会で極めて大きな役割を期待できる国である。特に、インド太平洋戦略においては、インド洋の海上優勢を確保するとともに、中国の後方、陸上正面から同軍を牽制抑留する重要な戦略的任務を果せることから、今後、インドとの関係を一層強化し、クワッドを「強固な安全保障枠組み」へとグレイド・アップさせる取組みが必要である。  そのためには、海外投資の重点を中国からインドへと大胆に移し経済的結びつきを不断に強化することである。また、サプライチェーンの「フレンドショアリング (friend-shoring): 同盟国・友好国に限定したサプライチェーンを構築すること)」の相手としてインドを重視するとともに、兵器の輸出や共同開発を進めてインドの兵器体系をクワッドと共通化していくことが肝要である。
 米英豪によるオーカスは、特に、オーストラリアによる原子力潜水艦の取得について協力しており、海上作戦において決定的役割を果たす水中戦の強化が期待される。  そのような中、中国軍に直接対抗するのは、日本、台湾、フィリピンからボルネオ島へと繋がる「第1列島線」国の防衛を連結し、これに米国がコミットする「統合島嶼防衛構想」である。
 本構想の推進が最も重要であり、それを基軸に、クアッドやオーカスの多国間ネットワークに加え、韓国やベトナム、さらにフランス、カナダなどを糾合した広域かつ多角的な「統合抑止(Integrated Deterrence)」 体制を構築し、将来的には、インド太平洋版NATOへの拡大を視野に同盟戦略の一層の充実を目指すべきであろう。
 また、ウクライナ戦争が示すように、アジアと欧州の安全保障は連動しており、この際、NATO/EUとの協力連携を強化することも重要である。

(2)日米台の連携メカニズムの構築
 2024年4月、岸田文雄首相の米国訪問に合わせてフィリピンのマルコス大統領も招かれ、日米比3か国での初の首脳会談を行い、覇権的海洋進出を加速させる中国を念頭に、安全保障面の連携を強化することが確認された。
また、ニッケルなど重要鉱物資源のサプライチェーンの構築等に関する経済安全保障分野の連携についても合意した。
 同じように、日米台3か国の安全保障・防衛面の連携メカニズムを構築することも喫緊の課題であり、前述の通り、これらを連結した「統合島嶼防衛構想」を強力に推進しなければならない。
 安倍晋三元首相が「台湾有事は日本有事」と述べたことには、2つの意味が込められていよう。
 一つは、台湾有事と日本有事は同時に起こるということである。
 この際日本は、防衛出動を発令して自国防衛を全うすると同時に、重要影響事態(周辺事態)あるいは存立危機事態を認定して、台湾防衛にコミットする米軍の後方支援を行い、 同時に、日本と台湾の防衛の連結性を確保するとともに、台湾の支援後拠(後方連絡線の確保)の役割を果たすことになろう。
 もう一つは、たとえ中国の軍事侵攻が台湾だけに向けられた台湾単独有事の場合でも、それは日本の重要影響事態あるいは存立危機事態になるということだ。
 この際、台湾の日本防衛に対する死活的重要性と日本への波及事態を考慮し、重要影響事態というよりも存立危機事態を認定する可能性の方が高いとみられる。
 そのため、日本は、南西地域を焦点とした防衛態勢を確立しつつ、集団的自衛権を行使し、可能な範囲で日米台の共同防衛作戦に従事することになろう。
 つまり、日米両政府にとって「東アジアの火薬庫」と見られる台湾有事/日本有事に備えることが最大かつ喫緊の課題であり、その際、日米台3か国が共同当事者としての協力連携が必須であることを考えれば、それを遂行できる体制の構築が不可欠である。
 そのため、日台の現状である「非政府間の実務関係」から大きく踏み出し、「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」のような本格的な安全保障・防衛協力の枠組み作りが急務となる。
 わが国では、前述の通り、平和安全法制が整備され、「重要影響事態」と「存立危機事態」について規定され、その事態が認定されれば、台湾有事をカバーすることができるようになっている。
 しかし、そのような法的裏付けがあっても、日米台3か国による平時からの協議、政策面及び運用面の調整、そして共同演習・訓練などが行わなければ、有事における有効な機能発揮を期待することはできない。
 つまるところ、日米安保条約と台湾関係法を連結・一体化して「日米台連携メカニズム」を構築し、日米台3か国間の政治・軍事の協議の場を設け、 「日米台防衛協力のための指針(ガイドライン)」を作り、それに基づいて共同計画策定メカニズムを構成し、共同演習・訓練を実施する仕組みが不可欠である。
 それを成し遂げ、中国の軍事的冒険を抑止するため、いま、わが国は台湾との現状を乗り越える重大な政治決断を迫られていると言わなければならない。

2 核抑止体制の見直し・強化
 古代アテネの歴史家トゥキュディデス(ツキジデス)は、不朽の名著といわれる『戦史』の中で、国家を動かす属性として「恐怖」、「利己心(利益)」及び「名誉」の3つを上げている。
 数ある兵器の中で、国家の「恐怖」に最も訴えているのが「最終兵器」「絶対兵器」と言われる核兵器であり、ロシアは、ウクライナ侵攻において、核恫喝を行い、また核使用のリスクを高めるなど、「核の恐怖」を最大限に利用している。
 それによって米国およびNATOは、直接的な軍事介入の選択肢を完全に排除し、核の報復を恐れて供与する兵器の種類や性能にも一定の制限を加えるなど、重大な戦略的影響を受けた。
 中でも、ロシアの中距離核戦力(INF、戦域核)や短距離核戦力(戦術核)に対し米国が戦略核戦力で対抗すれば、全面核戦争にエスカレートするのは避け難いことから、戦略核戦力による抑止の限界に直面したことである。
 米国は、1987年に調印したソ連(ロシア)との中距離核戦力(INF)全廃条約に基づき、射程が500qから5500qまでの範囲の核弾頭及び通常弾頭を搭載した地上発射型の弾道ミサイルと巡航ミサイルを廃棄した。
 そのため、INF全廃条約に縛られない中国との間には、中距離(戦域)核戦力に大きな「ミサイル・ギャップ」が存在し、また短距離(戦術/戦場)核も中国が優勢である。
 こうして生ずる米国の中距離(戦域)核以下の「核の傘」の信ぴょう性の低下を衝いて、中国が核恫喝によって米国の軍事介入を阻止するとともに、日本や台湾を恐れ怯(ひる)ませつつ、 不意急襲的に通常戦力による軍事侵攻を発動する可能性は否定できない。
 また、中国は、ロシアが苦況打開のために核使用の可能性を仄めかせたことに倣い、戦術核の使用の誘惑に駆られる場合が十分にあり得ることも想定しておかなければならない。
 このような米国の核抑止の低下をめぐる懸念を解消するには、少なくとも非核3原則のうち「持ち込ませず」を破棄し、日本の核抑止力強化と米国の作戦運用上の要求にともなう核戦力の日本への持ち込みを認め、 外交文書や口頭による約束だけではなく真に機能する核抑止力を確保しなければならない。
 さらに、日米両国間の公式な対話メカニズムである「日米拡大抑止(核)協議」の場を活性化し、米国との核兵器の共有体制(ニュークリア・シェアリング)について真剣に検討し、成案を得て積極的に推進すべき時期に来ているのではないだろうか。
 また、日本政府は、原子力基本法や核兵器不拡散条約(NPT)を理由に、引き続き核兵器を「持たない」政策を国是として堅持する方針である。
 それを前提とした場合であっても、現実に核の脅威がある以上、敵の弾道ミサイル(BM)用C4ISRを無効化できるサイバー戦能力(積極攻勢戦略)や敵のBMを発射前に叩く 敵基地攻撃能力の保持(残存報復戦略)に加え、敵のBM発射に対抗する統合防空ミサイル防衛(IAMD)システム(積極防勢戦略)や核セルターの整備による国民保護の強化(消極防勢戦略)などの施策を総合的に推進することが不可欠である。

3 国を挙げた総合一体的な防衛体制の整備
(1)「全政府対応型アプローチ」の確立と有事を想定した図上・実働演習の実施
 中国は、すでに日本に対して「戦争に見えない戦争」を仕掛けている。この戦争は、平時とも有事とも区別がつかないグレーゾーン事態の中で、軍事(陸、空、海、宇宙、サイバー、電磁波)と 非軍事(政治・外交、経済・技術、情報・文化思想、法律など)の境界を曖昧にしつつ両領域を組合わせたハイブリッド戦を展開している。 これらは、わが国が「三戦」あるいは「超限戦」を適用した中国の挑戦を現実に受けている証左である。  このような伝統的な安全保障・防衛の枠組みから外れた「新たな戦争」の形に実効性をもって対処するには、軍事を専管する防衛省・自衛隊だけの取組みでは不可能であり、 非軍事の外務省、経済産業省、総務省、文部科学省、国土交通省(海上保安庁)、国家公安委員会(警察庁)などの任務役割を結合し、政府、地方自治体、関係公共機関及び国民が一体となって対応する「全政府対応型アプローチ」を採らなければならない。
 この際、米海軍の「新海洋戦略」を参考に、海上自衛隊(陸自の水陸機動団を含む)と海上保安庁が統合戦略を策定し、平時、危機そして武力紛争の各段階を通じて、 それぞれの役割分担を定め、一体となってわが国の安全保障・防衛の任務・役割を果たす体制あるいは枠組み作りが急務である。
 そして、紛争の未然防止(抑止)、危機管理、紛争への対処とその終結、そして平和の回復(講和)という安全保障・防衛に課せられた全局面をカバーするため、 国家安全保障戦略に基づき、国家防衛戦略、外交・同盟戦略、経済安全保障戦略(技術・資源エネルギーなど)、ナショナル・サイバーセキュリティ戦略、国民保護戦略、情報・心理戦略などを、安全保障の立場から平時、 グレーゾーン事態そして有事を包含するよう一貫的・体系的に整備することが必要である。
 特に、中国は、軍事、経済および情報・文化思想を重要な武器として駆使しており、国家防衛戦略の整備充実に加え、経済安全保障戦略の強化と情報・心理戦略の新規策定が強く望まれる。
 また、全政府対応型アプローチの実効性については、常に検証しておく必要があり、そのため、全省庁・地方自治体、関係公共機関及び国民の参加の下、グレーゾーン事態や南西地域事態などを想定した 図上・実働演習を少なくとも年1回実施し、政府として有事への備えに万全を期すことが不可欠である。
 北朝鮮と対峙する韓国は、徴兵制を採用し、陸海空軍、警察及び海洋警察、(軍と警察、海洋警察を除く)国家機関および地方自治体、郷土予備軍、民防衛(民間防衛)隊、そして統合防衛協議会を置いている職場の6つの国家防衛要素からなる統合防衛体制を敷いている。
 中国の脅威に直面している台湾は、憲法で「人民の兵役の義務」について規定し、全民国防体制を採っている。
 ロシアと約1300キロにわたって国境を接するフィンランドは、特にロシアのウクライナ侵攻以降の脅威の高まりを受け、2023年4月、長年の非同盟政策を放棄し北大西洋条約機構(NATO)に加盟したが、その兵制は全国民参加型の徴兵制(女性は志願制)である。
 スウェーデンは、危機や戦時の対応方針の大部分をフィンランドの即応計画を手本にしており、同じように、2024年2月にNATO加盟を果たし、同国に住んでいる「16歳から70歳の人は全員、 スウェーデンの全体防衛(Total Defense)の一部だ」との方針を打ち出し、フィンランドに続いた。
 言うまでもなく、近年、我が国の安全保障環境も急激に悪化しており、これら諸国の防衛政策を参考に、わが国の抑止力強化に向け国を挙げた総合一体的な防衛体制の整備を急がなければならない。

(2)経済安全保障
 経済力は、軍事力整備の原資となるばかりでなく、経済制裁や資源戦略が示すように、ハード・パワーの一部(ジョセフ・S・ナイ著『ソフト・パワー』)として位置付けられ、また「地経学(地理経済学)」とも言われる分野であり、その安全保障は極めて重要である。
 日本と中国との間には、政治体制や自由、民主主義などの普遍的価値観に関する基本的違いがあり、新型コロナウイルス発生時のマスク不足に見られたような、それを浮き彫りにする出来事が相次いで起き、両国の溝を広げている。
 そのため、国民生活及び社会経済活動を維持するために必要不可欠な重要物資を安定的に確保するとともに基幹インフラを守るなど、経済活動の安全を確保することと、安全保障をめぐる軍事関連技術の流出防止や外国からの干渉排除という二つの大きな課題に直面している。
 重要物資としては、半導体や電池、鉱物資源、医薬品などがあり、調達先が中国に依存しすぎないようサプライチェーン(供給網)の脱中国化と次世代半導体の共同研究開発などを通じた多様化・強靭化を確保することが重要である。 また、電力や鉄道、金融といった社会経済活動に不可欠な基幹インフラ業種については、サイバー攻撃につながる恐れのある機器を導入しない予防措置を講じなければならない。
 技術の流出防止をめぐっては、核技術や武器の開発・製造につながる特許の出願内容を非公開とし、技術の国外流出を防ぐことなどの措置が強く求められる。
 こうした経済安全保障をめぐっては、経済の相互依存関係が深化し完全なデカップリング(経済分断)が難しいとされる中、日本独自では実効性を担保できないため、 米国やオーストラリア、インドなど同盟国・友好国と連携し、中国に対するデリスキング(リスク低減)への取組みに向けて全面的に協力することが大事である。

(3)民間防衛体制の整備
 2022年2月24日に勃発したロシアのウクライナ軍事侵攻は、戦争が始まれば国土全体が戦場となり、安全な場所など無いという現実と、民間人を保護することによって戦争の被害をできる限り軽減することを目的に作られた国際法は安易に破られるという現実を日本人に突きつけた。
 ウクライナでは、戦争開始から約半年後、国内で非難した人が664万人に、国外に逃れた人が1千万人超に上ったという。(国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)2022年8月2日公表)
 しかし、このような事態が発生した場合、四面環海の日本では、ある程度の船や飛行機が確保できたとしても、陸続きのウクライナのように数百万単位での避難はほぼ不可能であり、日本国内でより安全な場所への避難しか有効な選択肢は残されていない。
 NPO法人「日本核シェルター協会」が2014年に発表した資料によれば、米国、韓国、スイス3か国の「人口あたりの核シェルターの普及率」は、アメリカが82%、韓国(ソウル市)が300%、スイスが100%である。 台湾は、前掲資料には掲載されていないが、シェルターの普及率は100%である。
 このように、各国ともに緊急避難場所を確保しているが、日本はわずか0.02%にしか過ぎず、「核の恐怖」が高まりつつある中、国民を守る核シェルターは「皆無」と言っても過言ではない状況である。そのため、まずは、南西地域を優先しつつ全国規模で避難場所(核シェルターが望ましい)を整備し、避難訓練を実施するなど緊急避難体制を確立することが喫緊の課題である。 他方、わが国には、国防の概念がなく、国を挙げた国家防衛の仕組みが整備されていなかった。
 そのため、主として軍事侵攻に対処する自衛隊の防衛出動のみでは、いわゆる国民保護(民間防衛)の役割を直接的に果たすことは困難であった。
 そこで、国民保護法が制定され「武力攻撃から国民の生命、身体及び財産を保護し、並びに武力攻撃の国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにすること」を目的として国全体として万全の態勢を整備するとされている。
その上で、自治体に法定受託事務として国民保護措置の任務を付与している。
 しかし、同体制の現状は、自治体の首長に国民保護措置のために必要な手段を与えていないことから、国民保護の実効性に大きな課題を残している。  それを解決するには、武力攻撃事態等において、自治体の首長の手足となり、避難の実施や避難所の管理、救助、応急医療等の援助、消火などを中心となって行う組織、すなわち民間防衛組織を創出することが必要である。
 民間防衛は、国民の生存と国民的レジスタンスを維持し、国家が抑止力を強化する上で最も基盤的要件の一つであり、決してその組織整備を怠ってはならない。

 抑止の最大の鍵である「対処力」の強化
(1)南西地域を焦点とする作戦構想の具体的強化
ア 南西地域を固守し第1列島線上に中国軍侵出阻止のバリアーを構築すること
 中国の軍事的脅威に晒されている尖閣諸島を焦点とする南西地域の防衛は、わが国の主権と独立を維持し領域を保全する上で、最優先の課題である。 同時に、本地域の防衛は、台湾などの第1列島線国の防衛と相俟って、中国のA2/AD戦略に基づく海洋浸出を阻止する民主主義陣営の最前線でもあり、今後のインド太平洋ひいては世界の平和と安全に重大な影響を及ぼすことから、米国などと協力して断固守り抜かなければならない。
 そのため、陸上自衛隊は、南西地域の島嶼群に領土警備部隊を基盤に、対空・対艦ミサイル及び電子戦部隊を中心とした部隊を配備して領域を確実に防衛し、第1列島線上に中国の海洋進出を阻止するバリアーを構築する態勢を強化している。
 この日本の構想に着目したハリス米太平洋司令官(当時)は、「陸上自衛隊に学べ」「船を沈めよ」との指針を示し、それが米陸軍のMDTFや海兵隊のEABOに反映され、第1列島線沿いに対艦・対空ミサイル部隊を中心に配備して、日米の一体化を図る作戦構想を進めている。 さらに、本構想は、台湾、フィリピンなどの第1列島線国と連接されることになろう。
 このように、日米の戦略・作戦構想が基本的に一致していることは、それが対中防衛作戦の重心(Center of Gravity)的役割を果たすことを意味しており、ここに最大限の防衛努力を傾注しなければならない。

イ ゲームチェンジャーになり得る水中戦能力の強化―決め手は原子力潜水艦の保有―
 中国そして日米台とも、地上・艦艇・航空機をプラットホームとする対艦ミサイルを多数装備し、その能力が向上し双方が激しく射ち合うことによって水上艦艇が自由に行動できる場所が極度に制限されつつある。
   言い換えると、彼我による「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」地帯が東シナ海、台湾海峡そして南シナ海から西太平洋にまで広がり、アクセス不可能な海域が増え、 双方にとってその地帯では深刻な損害を覚悟しなければならなくなり、有事には海洋の大部分が事実上通行不可能な危険地帯になると言うことだ。
 このような海戦条件下で真価を発揮できるのは、潜水艦や機雷、無人潜水艇(UUV)などの水中戦能力であり、水上では小型高速(ミサイル)艇や無人艦艇(USV)である。 特に、今後の海上優勢の行方を左右する最大の要因は、潜水艦に代表される水中戦能力の優劣に懸っていると言っても過言ではない。
 一般的に、原子力潜水艦は、長時間の高速航行と半永久的な潜航が可能であり、通常動力型潜水艦に比べ、活動範囲の制約が極めて少ない。やや通常動力型より静粛性が低いとの難点が指摘されるが、全体として隠密性に優れており、その能力は通常動力型より大きく勝っている。
 北朝鮮は核弾道弾装備の戦略潜水艦を開発中であり、また、中国の核ミサイル搭載の原子力潜水艦(SSBN)の高度の脅威に対しわが国の通常動力型潜水艦での対処には自ずから限界が生じよう。
 日本政府は、従来から、「自衛のための必要最小限度を超えない実力を保持することは憲法第9条第2項によっても禁止されておらず、したがって右の限界の範囲内にとどまるものである限り、 核兵器であると通常兵器であるとを問わず、これを保有することは同条の禁ずるところではない」との解釈をとっている。
 他方、豪州は、中国の海洋進出を睨んで、AUKUSを締結し、国際原子力機関(IAEA)の非核義務履行の精神と抵触しないとの宣言の下、米英からの技術供与を受け、原子力潜水艦の開発を進めている。
   わが国も、米軍と連携して南西地域・台湾有事を抑止するには強力な水中戦能力が必要不可欠であり、また、尖閣諸島など離島へ侵攻する部隊の後方連絡線を確実に遮断するには原子力潜水艦が極めて有効であることから、 同潜水艦の保有促進について真剣に検討すべきである。
 併せて、自律型水中機雷探知機や小型無人水中艇などの整備も必要である。

ウ 敵基地攻撃能力を含むスタンド・オフ攻撃能力の強化
 前述の通り、東シナ海においては、水上艦艇の行動の自由が極度に制限されつつある。 また、作戦可能な中国空軍の基地や航空機の数は、日米のそれを大きく上回り、また、中国軍の対地ミサイルの飽和攻撃によって日米の航空基地が早期に機能を喪失する恐れもあることから、同空域の航空優勢は中国軍に傾く可能性が高い。
 そのため、海・空自の水上艦艇や航空機は、第1列島線の阻止バリアーの掩護下に、主として太平洋側で作戦し、そこからスタンド・オフ攻撃能力を発揮して、敵基地攻撃を行うとともに、 中国海・空軍の戦力を漸減することになろう。そして、東シナ海における海上優勢・航空優勢が我に傾けば、海空戦力を同海・空域へ進め、中国海・空軍の撃破作戦へと移行することになろう。
 このように、わが国防衛には、スタンド・オフ攻撃能力という攻撃能力の保持が不可欠であり、そのため、陸・海・空自衛隊におけるその能力の整備を急がなければならない。

(2)クロスドメイン作戦」能力の具現化とネットワークの強化
ア 領域横断作戦(CDO)能力の具現化とボトルネックの改善
図7-1 領域横断図(CD)の概念図
領域横断図

 わが国は、中国の「情報化戦争」「智能化(インテリジェント化)戦争」に対する実効的な抑止や対処を可能とするため、「30防衛大綱」において「多次元統合防衛力」構想の下、CDO作戦を採用した。
 CDOは、従来の陸・海・空に加え、宇宙・サイバー・電磁波を含む全ての領域における能力を有機的に融合し、その相乗効果により全体としての能力を増幅させようとするものである。  宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域における能力は、従来の陸・海・空の能力を基盤とし、軍全体の作戦遂行能力を著しく向上させるものであることから、日本をはじめ、同盟国の米国(MDO)など各国が注力している分野である。
 現代戦の特徴は、従来、主として陸上、海上、航空が軍事力の活動領域であったものが、宇宙空間での活動が飛躍的に拡大し、さらにサイバー空間や電磁波空間といった新たな活動領域が加わり、軍事活動の領域・空間が3つから6つへと一挙に倍増し、多領域・多空間に拡大したことである。
 この際、従来の3領域は、相手(敵)の能力向上に合わせて更にその能力を改善・強化する必要がある。同時に、新たな3領域は、従来の3領域をスクラップ・アンド・ビルドする小手先の取組で整備できるものではなく、 必要な組織や装備などの能力を新たに構築するため、増員・増設しなければならない分野である。
 近年の軍事技術の進展は目覚ましく、列国はそれを応用した既得兵器や装備品の改善・改良による能力向上や量的拡充に努めており、中国も同様である。
 そのような動きに対応するため、新たな3領域に加え、従来の3領域に分類される機動展開能力、島嶼等守備能力、領空・領海防衛能力、スタンド・オフ攻撃能力、統合ミサイル防衛(IAMD)能力、無人装備防衛能力などの新規取得と高性能化改善及び数量的強化が必要である。
 中でも、無人装備防衛システムは、ウクライナ戦争でも数多く用いられ、情報・警戒監視・偵察(ISR)や敵部隊・施設の攻撃など作戦遂行に大きな役割を果たし、ゲームチェンジャーと呼ばれるに相応しい目覚ましい働きをしており、重視しなければならない。
  CDOの新領域の中で、電磁波戦はソ連を主対象とした冷戦期からの取組みがあり、サイバー戦は民間へも影響が及んでいることから、比較的早くから措置対策が講じられてきたが、宇宙戦への着手は最も遅れた領域である。
 宇宙戦は、「宇宙支援」、「戦力強化」、「宇宙コントロール」そして「宇宙戦力の応用」に至るまでの総合的な能力を保有することが必須条件である。
 しかし、我が国自前の宇宙戦能力は、いわゆる「宇宙支援」という初歩的・基礎的段階に止まっているのが現状である。
 各種システムにおいて、ある部分の能力が低いことによって全体の能力低下を招くような制約が存在するとき、その一部分のことを「ボトルネック」と呼んでいる。
 足元、宇宙戦は、わが国防衛の「ボトルネック」となっており、わが国の総合的な防衛力を強化するには、他の領域の能力に早急にキャッチアップしなければならない。
 なお、宇宙戦に関するその辺の事情については、筆者拙書『現実化する宇宙戦―「宇宙小国」日本はどうする!?」』に記述しておいたので、参考にしていただきたい。

イ ネットワークの強化
 米軍は、マルチドメイン作戦(MDO)を共通基盤として、中国のA2/AD能力の脅威を回避しつつ作戦を継続する必要性から、広域の「分散」と「機動」、それを「統一」発揮するための「ネットワーク化」が大きな課題である。
 ネットワーク化では、統合部隊が情報、警戒監視、偵察などのデータを共有し、多くの通信ネットワークを介して送信し、目標の選択・攻撃のための迅速・正確な意思決定を可能とするクラウドのような環境を提供する手段が必要である。 それが、統合全領域指揮統制(JADC2)システムである。
 国防省は、JADC2を同盟国・友好国のシステムとも連接させることを進めており、そのため、名称をCJADC2(Combined JADC2)に変更した。
 自衛隊は、統合運用の実効性の強化に向けて、平素から有事まであらゆる段階においてシームレスに領域横断作戦(CDO)を実現できる体制を構築するため、2024年度末に常設の統合司令部を創設する。
 これには、日米共同の抑止力・対処力を高める狙いもある。特に、共同作戦においては、情報収集、警戒監視、偵察及びターゲティング(ISRT)における相互運用性を向上し、その実効性を確保することが重要である。
 自衛隊は、2023年度から陸海空3自衛隊の運用や作戦情報を一元的に集約する「中央クラウド」の整備を始めており、これと米軍のCJADC2との緊密な連接を、積極的に進めて行くことが、自衛隊の統合運用と日米共同作戦の実効性を担保する上での大きな課題である。

(3)抗堪性と継戦能力の確保
 以上述べてきた国土防衛戦を遂行するに当たっては、ウクライナ戦争が示すように、それらの諸作戦能力を支え、発揮させるための防衛装備の残存性の強化や重要インフラの防護、 弾薬ミサイル・燃料などの確保、陸・海・空輸送路の確保、重要インフラの防護、そして実効性ある国民保護施策など、敵の猛攻に耐えうる抗堪性と長期戦を想定した継戦能力を確保することも重要な課題である。
 抗堪性については、「射撃即移動(ヒット・アンド・アウェイ)」装備システムの開発が重要である。米国がウクライナへ供与した高機動ロケット砲システムHIMARSが高い評価を獲得したように、 掩体や掩蓋構築物などの固い殻に隠れるよりも逃げ足の速さが残存性を高める。他方、固定した防衛施設・インフラについては地下化を図るべきである。
 継戦能力につては、何よりも戦力発揮に必須の弾薬・ミサイル、燃料、整備用部品等の確保・備蓄が最優先事項である。また、自衛隊部隊や装備を最前線に迅速に輸送するため、三自衛隊の輸送能力を強化するとともに、優先使用契約を結ぶ民間船舶の数を増強することも必要である。
 この際、南西諸島の港湾・飛行場の整備拡充並びに仮設の桟橋や埠頭の設置についても併せて施策しなければならない。
 さらに、長期戦に備えるには、平時から国主導で防衛生産・技術基盤を維持強化するとともに、装備品などの生産ラインを確保しつつ有事緊急増産体制に移行出来るよう防衛産業の維持育成を併せて施策することが不可欠である。
 わが国は2022年12月、国家安全保障戦略及び国家防衛戦略に基づいて防衛力整備計画を策定した。 そして、「2023年度から2027年度までの5年間における本計画の実施に必要な防衛力整備の水準にかかる金額は、43兆円程度とする」とし、防衛費をNATO並みのGDP2%とすることが達成目標となった。
 他方、NATO諸国では、実際にGDP2%を超える国防費を充てているのは32か国(スウェーデンを含む)のうち11か国で、約3分の1にしか過ぎない。
 この実態を踏まえ、米国のトランプ前大統領は2024年2月、NATO加盟国が国防支出を増やさなければ、ロシアの侵攻に対する防衛に協力しない可能性に言及した。 これは、公平な負担をしない同盟国とは「リスクを共有しない、共に戦わない」と主張しているに他ならない。また、バイデン大統領も、アフガニスタンからの米軍撤収時に「自分の国を守らない軍隊とは米軍は共に戦わないし、命をかけることもない」と明言した。
 わが国は、岸田文雄政権下で、防衛費をGDP2%にする目標に舵を切ったが、米国でどのような政権が出来たとしても、NATOだけでなく、日本も韓国も、より自主防衛への努力圧力が強まるのは必至である。
米国のパワーと地位が相対的に低下している現状を踏まえれば、防衛費GDP2%の達成は言うに及ばず、「自分の国は自分で守る」防衛体制を構築し、米国への依存を軽減すると言うより、むしろ米国の役割を補完できる戦力を身に付けることが求められる時代に入ったと考えるべきであろう。  このように、自国の防衛力と日米共同防衛能力を強化することによって、敵の侵略を撃退するに十分な対処力を持つことが抑止の最大の鍵である。

5 情報戦・心理戦の強化
 繰り返すが、抑止の目的を達成するには、敵の侵略を撃退するに十分な戦力、すなわち対処力を持つことを第一条件に、その戦力を使用する用意があること、及び相手(敵)に対してこちらの決意を悟らせることが必須要件である。
 韓国は、北朝鮮を念頭に、これらの必須要件を満たすために、米韓共同作戦計画の概要を公表している。 また、親中・北朝鮮、反日・反米の左派政権であった文在寅大統領の時代には、演習の中止や規模縮小が続いたが、尹錫悦政権の発足以降、米韓は演習の範囲や規模を拡大し、米韓同盟の深化をアピールしている。
 これは、いわゆる情報戦や心理戦の一部と考えられるが、「政経分離」を対中政策の中心に据えてきた日本の取組みは、中国の反発を恐れてか、至って消極的である。
 情報戦(認知戦を含む)は、国際社会において、紛争が生起していない段階から、偽情報や戦略的な情報発信などを用いて他国の世論・意思決定に影響を及ぼすとともに、 自らの意思決定への影響を局限することで、自らに有利な安全保障環境の構築を企図するものである。(防衛白書、傍線は筆者)
また、心理戦は、敵の軍人及びそれを支援する文民に対する抑止・衝撃・士気低下を目的とする心理作戦を通じて、敵が戦闘作戦を遂行する能力を低下させようとするものである。(米国防省、傍線は筆者)
 第4章で述べた通り、わが国は日米共同作戦計画に沿って、両国の戦略の擦り合わせと作戦構想の融合を図りながら、統合および陸・海・空自衛隊の日米共同訓練・演習を実戦的に行っている。
 わが国が、真に紛争の抑止を望むのであれば、様々な手段を使ってこれらの活動を目に見える形で中国に伝え、わが国及び日米共同の意思と能力を顕示し、中国の意思決定や抑止・衝撃・士気低下に影響を及ぼす働きを強めることが重要ではないだろうか。
 
最後に一言

 これまで、米国と中国の対立について分析してきたが、「大国の興亡」あるいは「新たな大国間競争」と呼ばれる両国のグローバルな覇権争いにも、戦略的限界が指摘される。

 その第一は、それぞれが核軍事大国であるため、双方の存立を危うくする全面核戦争や核戦争にエスカレートする恐れのある決定的な軍事対決は抑制されることになろう。 そのことを含め、両国があまりにも大き過ぎ、また離れ過ぎているため、相手を占領支配するといった戦略目標も、一から立て難い。

 第二は、米中対立は「民主主義と強権(専制)主義の対立」と言われるように、政治・経済・社会制度や民族、歴史・文化などの根本的違いを背景にした争いである。 そのため、相手の国家機構の解体や新たな政治制度の導入などを伴う外側からの体制転覆にも、その特殊性が大きな妨げとなる。

 第三は、経済のグローバル化や情報通信技術の発展などに伴う国際的活動の相互依存性や交流の深化した国際社会では、相手に全面的な孤立(封じ込め、デカップリング)を強要する枠組み作りは難しい。

 第四は、米国のバイデン大統領と中国の習近平国家主席は2023年11月、米サンフランシスコ近郊で会談し、過度な対立の回避を図る「競争の管理」に向けた対話の継続を確認し、米中両軍の偶発的衝突を避けるため国防当局・軍高官対話の再開で合意した。

 このように、対立を競争の範囲に止め、激化させないようお互いに適切に管理しようとする一定のコンセンサスがある。
 そのため、米中対立は、大規模かつ全面的な軍事衝突が回避され、政治・外交、経済・通商、科学技術、情報、資源、文化などの総合国力による戦いとなる可能性が高く、長期持久戦になる公算が大きい。

 換言すると、戦略の目的及び方法を選択する場合、利用できる国力が戦略の範囲を決定することから、それを最大限首尾よく支えるために利用できる国力を考えなければならないと言うことだ。

 米国の国際政治学者ハンス・J・モーゲンソーは、古典的名著とされる『国際政治』(2013年)の中で、
 国力の諸要素として
国力の諸要素
区分要素
比較的安定した量的要素@地理
A天然資源
B工業力
C軍備
D人口、
変化する質的要素E国民性
F国民の士気
G外交の質
H政府の質
@地理、A天然資源、B工業力、C軍備、D人口、E国民性、F国民の士気、G外交の質、H政府の質、 の9項目を挙げ、@からDを比較的安定した量的要素、EからHを変化する質的要素に区分している。

 そして、国力のうち、軍備の不足を補い、また他国と軍事システムを統合して脅威対象国(仮想敵国)に対するバワーバランスの維持、軍事的優越の獲得ひいては地域の平和と安定の確保を図るのが、「同盟関係」である。

 これまで「中国の台頭」のけん引力になってきた経済には陰りが見え始め、人口減少・少子高齢化の加速、食料・石油の純輸入国、そして同盟関係の希少などの負の要因も指摘されている。

 戦略を考える場合、「利用できる国力がその範囲を決定する」という原則に照らせば、「大国であっても、国力を超えて際限のない征服政策に乗りだす場合は失敗に帰する」ことになり、中国も世界的覇権拡大戦略の軌道修正を迫られることになるかも知れない。 ただし、独裁を強める習主席は、指導陣に能力よりも忠誠心を重視していると指摘されており、その結果、閉鎖的かつ硬直化した党や政府機関に、状況判断や意思決定の柔軟性や創造性が戻ればの話しではあるが…。

 一方、米国は、多国間の安全保障システムや国際通貨システム、自由貿易システムなどの国際秩序あるいは国際公共財を創造し保障する力を持つ唯一の国、国際貿易なしでも繁栄できる若年人口を持つ唯一の国、 世界上位規模の国土国民を持ち、海外からのエネルギー供給システムを必要としない唯一の国、そして世界中どこにでも介入できる唯一の軍事大国などと評価されており、国際政治のすべてのカギを握っている。
 このように見ると、中国の対米挑戦の前提となっている「米国衰退/中国興隆」、「中国の世紀」到来との見立てには、大きな疑問符が付くことも一概に否定できない。

 したがって、今後の米中対立の動向や行方については、改めて、総合国力や同盟関係などの視点から慎重かつ総合的な分析が求められることを付言し、以上をもって擱筆する。