『中国の野望を絶つ日米共同作戦』
2024.04
日本安全保障戦略研究所上席研究員 樋口譲次

考察X 「南西地域」重視にシフトした日本の防衛構想
1 東西冷戦終結と中国の台頭
(1)冷戦終結に伴う「平和の配当」と日米同盟の再定義
(2)「中国の台頭」が促した平和安全法制の整備 ―周辺事態から重要影響事態と存立危機事態へ―
2 西日本、就中、「南西地域」重視にシフトした日本の防衛構想
(1)国家防衛戦略の概要
(2)自衛隊の体制整備
ア 自衛隊の体制整備の基本的考え方

イ 自衛隊の具体的な体制整備
(ア)自衛隊の戦い方―わが国に対する侵攻への対応―
(イ)南西地域における防衛体制の強化のための主要部隊の新編・配置
(ウ)急がれる防衛体制の強化
付図・付表:
表5-1 九州・南西地域における主要部隊部隊の新編・配置状況(2016年以降)
<参考> *各考察等に戻る:
考察T考察U考察V考察W考察X考察Y考察Z最後に一言
主要参考文献略語(Abbreviation)解説


1 東西冷戦終結と中国の台頭
 わが国の主要な潜在的脅威は、冷戦間はソ連(現ロシア)であったが、その後、概ね10年間にわたる国際情勢の不安定・不確実な時期を経て、急速に顕在化した「中国の台頭」に取って代った。
 そのため、わが国の防衛は、「北日本」重視から西日本、中でも「南西地域」重視へとシフトしている。

(1)冷戦終結に伴う「平和の配当」と日米同盟の再定義
 1989年に東西冷戦が終結した。それは、WWU後の世界の動きの中で最大の歴史的出来事であり、国際社会の枠組みに大きな変化を与えるものとなった。
 早速、米国では、同国人の意識を代弁するかのように、フランシス・フクヤマ氏の『歴史の終わり』(1992年)が発表された。
社会主義陣営が瓦解し自由・民主主義陣営が戦いの最終勝利者となったいま、もはや本質的に「対立や紛争を基調とする歴史は終わった」という主張であった。
 それと呼応するかのように、欧州でも、イギリス外交官であるロバート・クーパー氏の『国家の崩壊』(2008年)に代表される脱近代(ポストモダン)の思想が現れた。
 マーストリヒト条約の調印による欧州統合(EU)の進展とグローバル化の動きがこれを後押し、日本を含めた欧米先進国において持てはやされた。

脱近代の思想とは、概ね、
@国家対立、民族紛争などを、またそもそも国民国家とか国家主権という概念を近代(モダン)世界のものとみなし、
Aグローバル化が進み、近代を乗りこえた今日の脱近代の時代においては、国家とか主権という観念そのものが過去のものとなり、
Bリアリストが唱えた国家や軍を中心とした伝統的な安全保障システムも過去のものになった。
 これからの国際関係は、道徳が重要で、国際問題は話し合いや国際法に従って解決でき、国際司法裁判所などの国際機関が画期的な意味をもつ、というものである。
 このような平和回復の歓喜とともに、「平和の配当」、すなわち軍縮を求める声が欧米を中心に高まった。

 しかし、人類の歴史を無視した超楽観的、非現実的な平和主義の主張は、間もなくして世界の現実によって打ち砕かれた。
 冷戦終結は、主としてWWU後の戦略的重心であった欧州正面のことであった。ソ連の崩壊でアジア正面の全体的脅威が減じたとはいえ、北方領土問題、朝鮮半島情勢、中国・台湾関係など冷戦下で形成されたアジアの冷戦構造には、 本質的変化が少なく、未解決の問題として残されたが、「平和の配当」の影響は日本にも及んだ。
 他方、冷戦間に懸念されていた世界的規模の戦争が発生する可能性は遠退いたと見られたが、その一方でこれまで東西対立の下で抑え込まれてきた宗教上や民族上の問題に起因する種々の対立が表面化あるいは尖鋭化し、 絶えざる努力なしには世界の平和と安定が得られない現実があった。
 そのため、冷戦後の自衛隊の役割は、軍縮と国際協力の二つの面から論じられることになった。
 その後、宗教的・民族的理由等に基づく地域紛争の頻発や大量破壊兵器の拡散などポスト冷戦の国際環境の変化、それに基づく米国の世界戦略の見直し、 中国の台頭・北朝鮮の核ミサイル開発・李登輝総統の訪米を切っ掛けとした第3次台湾海峡危機(1995〜96年)など不安定・不確実な日本を取り巻く安全保障環境などを踏まえ、21世紀に向けた日米同盟の在り方の検討・再定義が行われた。
 折しも、結党以来、自衛隊を憲法違反としてきた社会党が、村山富市委員長によって自衛隊を合憲とする政策転換が行われ、いわゆる55年体制が崩壊し政界再編が行われる中、アサヒビール会長の樋口廣太郎氏を座長とする懇談会(樋口懇談会)が設置された。
その報告書(1994年)は、
@世界ならびに地域的な多角的安全保障協力を促進すること、
A日米安保の機能を充実すること、 B信頼性の高い効率的な防衛力を保持して機能的・建設的な安全保障政策を追求すること、
などを提言した。
 ところが、本考察は、日本は米国のアジアにおけるプレゼンス維持について信頼していないのではないかとか、日本の日米安保離れを示したものと受け取られ、米国に衝撃を与えた。
 そのため、当時のクリントン政権下で、国防次官補のジョセフ・ナイによって米国のアジア・プレゼンスを明確にしたナイ・イニシアチブと呼ばれた「東アジア戦略報告(EASR)」(1995年)というレポートが公表された。
 本考察は、日本の役割に対する高い評価と、東アジアにおける米軍10万人体制による東アジアでのプレゼンスの維持を明確にしたことを特徴としていた。
 これらを背景として、防衛庁(当時)は1994年2月、庁内に「防衛力のあり方検討会議」を設置し、同年11月、「防衛計画の大綱(第2次防衛大綱、07大綱)」をまとめた。
その主要内容は、次記の通りである。
@「軍縮」の問題について、陸上自衛隊の編成定員を18万人から16万人に削減するとし、主として陸上自衛隊の効率化を中心に方向性を示したこと
A国際協力や阪神淡路大震災などの大規模災害等への対応など、自衛隊の役割の増大を明確化したこと
B日米安保体制重視の姿勢を再確認・再定義したこと
 しかも、第2次大綱では、緊張・激動を予感させる中国・台湾問題や朝鮮半島情勢に代表される東アジア情勢を反映し、「防衛力の役割」として「周辺事態への対応」が盛り込まれたことが大きな特徴であった。
 こうして、防衛大綱が確定したことを受け、「日米安保共同宣言」(1996年)、そして新「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」(1997年)が策定され、新たな日米防衛協力の具体化・強化が図られた。
 その最大の特徴は、明文化を避けながらも、「中国の台頭」、特に経済発展を背景にした急激かつ不透明な軍事力の増強を念頭に、 日米の潜在的脅威がソ連/ロシア(1991年)から中国へと明らかに移ったことであり、その認識の下、1999年の「周辺事態安全確保法(周辺事態法)」として結実していくのである。

(2)「中国の台頭」が促した平和安全法制の整備 ―周辺事態から重要影響事態と存立危機事態へ―
 周辺事態法は、日米安全保障条約(日米安保条約)第6条を前提としている。同条は、「極東条項」といわれ、第1項で「日本国の安全に寄与し、 並びに極東における国際の平和及び安全の維持の寄与するため、アメリカ合州国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」と規定している。
 日米安保条約の目的は、我が国自身に対する侵略を抑止することに加え、我が国の安全が極東の安全と密接に結びついているとの認識の下に、極東地域全体の平和の維持に寄与することにある。
 そのため、第6条において、我が国の提供する施設・区域の使用目的を「日本国の安全」並びに「極東における国際の平和及び安全の維持」に寄与することと定めたものである。
 そして、極東の範囲については、「大体において、フィリピン以北並びに日本及びその周辺の地域であって、 韓国及び中華民国の支配下にある地域もこれに含まれている。(「中華民国の支配下にある地域」は「台湾地域」と読替えている。)」との政府統一見解(昭和35年2月26日)が示された。
 すなわち、中国が統一のためには武力行使を放棄しないとする台湾は、日米安保条約の適用範囲に含まれているのである。
 周辺事態法は、わが国周辺の地域におけるわが国の平和と安全に重要な影響を与える事態(「周辺事態」)に際し、日米安保条約の目的に寄与する活動を行う米軍に対して、 後方地域支援、後方地域捜索救助活動、船舶検査活動(船舶検査活動法に規定するもの)など、わが国が行う対応措置について定めていた。
 いわば、極東有事における対米支援法的性格の法律である。
 その後、急激に顕在化した「中国の台頭」など、わが国を取り巻く安全保障環境は一層厳しさを増しており、今や脅威は容易に国境を越え、もはや、どの国も一国のみでは、自国の安全を守れない時代となった。
 このような時代には、特に、わが国及びアジア太平洋地域の平和と安定のために、日米安全保障体制の実効性を一層高め、日米同盟の抑止力を向上させることにより、武力紛争を未然に回避し、 わが国に脅威が及ぶことを防止することが必要不可欠であるとの認識が共有されるようになった。
 そのため、安倍晋三政権下で2014年5月、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が設置され、その報告を受けて「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」閣議決定し、 戦後最長となる国会審議を経て、2015年に平和安全法制整備法として可決・成立したものである。
 2003年に成立した武力攻撃事態等対処法は、武力攻撃事態及び武力攻撃予測事態(「武力攻撃事態等」)に「存立危機事態」を追加する改正を行い、 当該事態への対処に関する基本理念、基本的な方針(対処基本方針)として定めるべき事項、国・地方公共団体の責務などについて規定した。  「存立危機事態」は、「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」と定義された。
 この際、従来の「集団的自衛権の行使は憲法上許されない」としてきた政府見解を見直し、限定的な集団的自衛権の行使が可能とする法制化を行った。  他方、周辺事態法は、「重要影響事態安全確保法(重要影響事態法)」へと名称や目的等が変更された。
 事態については、「わが国周辺の地域におけるわが国の平和と安全に重要な影響を与える事態」から、傍線部分の「わが国周辺の地域における」削除し、「わが国の平和と安全に重要な影響を与える事態(重要影響事態)」として対象地域を拡大した。
 支援対象は、「日米安保条約の目的の達成に寄与する活動を行う米軍」を、同条文に加え、「国連憲章の目的の達成に寄与する活動を行う外国の軍隊」及び「その他これに類する組織」を追加した。

 わが国の対応措置は、「@後方支援活動(補給、輸送、修理・整備、医療、通信、空港・港湾業務、基地業務)、A捜索救助活動、B船舶検査活動、Cその他」から、 @後方支援活動(前記@に、宿泊、保管、施設の利用、訓練業務を追加。弾薬の提供と戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機に対する給油及び整備を新設)、A捜索救助活動、B船舶検査活動、Cその他」としている。
 特に、@後方支援活動では、周辺事態の@に、宿泊、保管、施設の利用、訓練業務を追加するとともに、弾薬の提供と戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機に対する給油及び整備を新設しており、一段と踏み込んだ支援・活動が行えるように改正された。
 この際、同法は、「対応措置の実施は、武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならない」と定め、後方支援活動等が武力行使と一体化することを禁じているため、それを回避する措置等を新設している。
 その後、「16大綱」、「22大綱」、「25大綱」、そして「30大綱」と数次の防衛大綱が策定されたが、第2次防衛大綱はわが国の防衛政策における大きな転換点になったと言えよう。
 以上の法制を、台湾有事に当てはめて見ると、台湾単独侵攻事態には重要影響事態が認定される可能性が高く、その際は、自衛隊による米軍への後方支援等が行われることになろう。
 台湾侵攻が日本に波及する事態には、存立危機事態が認定され、集団的自衛権の行使が可能となり、日米台の共同作戦が生起することになろう。
なお、台湾単独侵攻事態であっても、その態様次第では、存立危機事態が認定される可能性は十分にあり得るものと考えられる。
 日台同時進攻の場合は、米軍の支援を受けつつ、日台それぞれが自国防衛に全力を傾注すると同時に、隣接する国境沿いの作戦を密接に連結させて、間隙や弱点を生じさせないことが重要になる。
 まさに、「台湾有事は日本有事」であり、日米安保で日本を、台湾関係法で台湾を、それぞれ支援する米国、この3か国の協力連携が不可欠である。
 したがって、日米台は、前記のようなケースを想定し、効果的な共同行動をとり得るよう、予め3か国の連携メカニズムを構築しておくことが喫緊の課題である。

2 西日本、就中、「南西地域」重視にシフトした日本の防衛構想
 地政学的かつ歴史的に見て、わが国の防衛は、基本的に北日本、中日本、そして西日本の3正面への対処が求められ、戦略的に大変難しい選択を迫られてきた。
 それらの正面は、国家安全保障戦略(2022年12月)において、わが国の安全保障上の強い懸念として挙げられているロシア、北朝鮮、そして中国とそれぞれ符合している。
 東西冷戦期は、東側の盟主・ソ連の脅威が明白であったことから、北日本を重視する防衛体制がとられた。 冷戦終結後は、ソ連/ロシアの脅威がやや緩和される一方、北朝鮮の核ミサイルの脅威が高まっているが、総合的に判断すると、 米国との対立を背景に、尖閣諸島や台湾、南シナ海を含め、力による一方的な現状変更やその既成事実化を追求・強化している中国が最大の脅威となっている。
そのため、中国を睨んで、防衛の重心を西日本、中でも尖閣諸島や沖縄などを含む南西地域にシフトしているのは間違いない。
 平和安全法制が整備されたのも、そのためであり、国家安全保障戦略では、ロシアを「安全保障上の強い懸念」、北朝鮮を「従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威」、 そして中国を「これまでにない最大の戦略的な挑戦」と表現して脅威の度合いに軽重を付けている。
 つまり、わが国の防衛体制は、ロシアを警戒し、北朝鮮の核ミサイルに対処しつつ、中国に対する抑止・対処を最大化する体制を取っているのである。
 同時に、弾道ミサイル・巡航ミサイルが現代戦の主役の一つとなり、世界は狭くなった。 ウクライナ戦争が示すように、わが国全域が、その脅威から逃れることが出来ないという厳しい現実を突きつけられており、それへの全国的対処は避けて通れない課題である。

(1)国家防衛戦略の概要
 国家安全保障戦略に従い同時に策定された国家防衛戦略(国防戦略)は、インド太平洋地域において、特に中国が力による一方的な現状変更やその試みを継続・強化しているとの戦略環境の変化を指摘し、わが国防衛の基本方針の中で、3つの防衛目標を示している。 その第一は、力による一方的な現状変更を許容しない安全保障環境を創出すること、
第二は、力による一方的な現状変更やその試みを、同盟国・同志国などと協力・連携して抑止・対処し、早期に事態を収拾すること、
そして第三は、万が一、わが国への侵攻が生起する場合、わが国が主たる責任をもって対処し、同盟国などの支援を受けつつ、これを阻止・排除すること、
である。

 防衛目標を達成するためのアプローチとして、
@わが国自身の防衛体制の強化、
A日米同盟による共同抑止・対処、そして
B同志国などとの連携
の3つを挙げている。
@わが国自身の防衛体制の強化には、わが国の防衛力の抜本的な強化と国全体の防衛体制の強化が含まれる。
 そして、わが国の防衛力の抜本的強化にあたっては、
@スタンド・オフ防衛能力、
A統合防空ミサイル防衛能力、
B無人アセット防衛能力、
C領域横断作戦能力、
D指揮統制・情報関連機能、
E機動展開能力・国民保護、そして F持続性・強靱性
 の7つの重視分野の能力獲得を重視するとしている。

(2)自衛隊の体制整備
ア 自衛隊の体制整備の基本的考え方
 以上を踏まえ、自衛隊の体制整備は、次のような考え方により行うとされている。
〇統合運用態勢の強化:既存の組織の見直しにより、常設の統合司令部を創設し、統合運用に資する装備体系を検討する。
〇陸上自衛隊:スタンド・オフ防衛能力、迅速な機動・分散展開、指揮統制・情報関連機能を重視した体制を整備する。
〇海上自衛隊:防空能力、情報戦能力、スタンド・オフ防衛能力などの強化、省人化・無人化の推進、水中優勢を獲得・維持しうる体制を整備する。
〇航空自衛隊:機動分散運用、スタンド・オフ防衛能力などを強化する。また、宇宙利用の優位性を確保しうる体制を整備し、航空自衛隊を航空宇宙自衛隊とする。
〇情報本部:情報戦対応の中心的な役割を担うとともに、他国の軍事活動などを把握し、分析・発信する能力を抜本的に強化する。
 陸・海・空自衛隊に共通して強化される能力は、スタンド・オフ防衛能力であり、さらに、自衛隊全体でサイバーセキュリティを抜本的に強化し、わが国全体の同強化に貢献するとしている。

イ 自衛隊の具体的な体制整備
 公表を前提に作られた国防戦略は、防衛秘密に指定外の、皆が知ることのできる全般的な方向性や包括的な内容に限られているのは当然である。
また、防衛白書も、「できる限り多くの皆さまに、できる限り平易な形で、わが国防衛の現状とその課題及びその取組について周知を図ること」を目的にしていることから、同様の制約がある。
それを前提として、国防戦略や防衛白書などを参考に、自衛隊の戦い方や部隊の配置など自衛隊の具体的な体制整備について、以下、その概要を述べることとする。

(ア)自衛隊の戦い方―わが国に対する侵攻への対応―
 国防戦略における第三の防衛目標は、前述の通り、「万が一、抑止が破れ、わが国への侵攻が生起した場合には、その態様に応じてシームレスに即応し、わが国が主たる責任をもって対処し、同盟国などの支援を受けつつ、これを阻止・排除する」としている。
 そのため、自衛隊による常時継続的な情報収集・警戒監視などにより、兆候を早期に察知する。
 わが国(島嶼部を含む)に対する侵攻に対しては、遠距離から侵攻戦力を阻止・排除するとともに、領域を横断して優越を獲得し、 宇宙・サイバー・電磁波の領域及び陸・海・空の領域における能力を有機的に融合した領域横断作戦を実施し、非対称な優越を確保し、海上優勢及び航空優勢を確保して侵攻戦力を阻止・排除する。そして、粘り強く活動し続けて、相手の侵攻意図を断念させる。
 また、ミサイル攻撃に対しては、ミサイル防衛(MD)により公海及びわが国の領域の上空でミサイルを迎撃し、相手の領域において有効な反撃能力としてのスタンド・オフ防衛能力などを活用し、MDとあいまってミサイル攻撃を抑止する。
 さらに、国民の生命・身体・財産に対する深刻な脅威である大規模テロや重要インフラに対する攻撃などに際しては、関係機関と連携し実効的な対処を行う。そして、わが国への侵攻が予測される場合には、住民の避難誘導を含む国民保護のための取組を円滑に実施する。
以上が、第三の防衛目標を達成するための基本方針である。

(イ)南西地域における防衛体制の強化のための主要部隊の新編・配置
 その基本方針に基づき、わが国防衛の焦点となる尖閣諸島を含む南西地域における防衛体制の強化のため、2016年以降、 次に示すように九州・南西地域における部隊の新編が進められている。今後、沖縄県那覇市に所在する陸上自衛隊第15旅団を2028年度に師団へ格上げ改編し、沖縄本島を中心とした防衛体制が一層強化される予定である。

表5-1 九州・南西地域における主要部隊部隊の新編・配置状況(2016年以降)
自衛隊 新編年部隊駐屯地・基地
陸上自衛隊 2016年与那国沿岸監視隊新編与那国
2018年水陸機動団新編相浦
2019年奄美警備隊、地対艦誘導弾部隊及び地対空誘導弾部隊新編奄美、瀬戸内
宮古警備隊新編 宮古島
2020年第7高射特科群移駐宮古島
第302地対艦ミサイル中隊新編宮古島
2021年電子戦部隊新編健軍
2022年電子戦部隊新編相浦、奄美、那覇、知念(沖縄)、与那国
地対艦誘導弾部隊新編健軍
2023年電子戦部隊新編川内、対馬
八重山警備隊、地対艦誘導弾部隊及び地対空誘導弾部隊新編石垣
石垣駐屯地新設石垣
水陸機動団第3水陸機動連隊新編竹松
佐賀空港にV-22オスプレイ用駐屯地予定地を取得佐賀
地対艦ミサイル連隊新編勝連(沖縄)
海上自衛隊主要部隊の新編なし/南西地域における艦艇・航空機等の運用強化
航空自衛隊 2016年第9航空団新編那覇
2017年南西航空方面隊新編那覇
南西航空警戒管制団新編那覇
2022年第53警戒隊(宮古島)の一部を配備与那国
<出典>令和5年版『防衛白書』等を基に筆者作成

 この図表から覗えることは、九州・南西地域の防衛体制強化のため、特に、陸上自衛隊(陸自)と航空自衛隊(空自)の部隊増強が顕著であることだ。

 陸自は、まず、与那国島に沿岸監視隊を配置し、常時継続的な情報収集・警戒監視などによって中国海・空軍の動向や不穏な兆候を早期に察知する体制を強化している。
 その上で、沖縄本島に主力部隊を置き、宮古島、石垣島、奄美大島に、迫撃砲や対戦車・対舟艇ミサイルなどを装備した普通科部隊主体の警備部隊によって領土を守りつつ、 地対艦誘導弾部隊及び地対空誘導弾部隊に加え、電子戦部隊を配置して、九州から与那国島に至る中国海・空軍の進出を阻止するバリアー(阻止ライン)を構築している。
 併せて、同地域にスタンド・オフ防衛能力を展開し、海・空と連動して中国軍の作戦基地やC4ISR、兵站施設などを攻撃して無力化できる態勢を維持する。  また、水陸機動団を九州に配置し、中国軍の侵攻が予想され、部隊が未配置の島嶼への緊急配備や、万一、中国軍に島嶼を占拠された場合、その奪還に当たる。
 また、同団は、2023年度末に3個連隊の体制を整えことから、平時から「任務」「訓練」「待機」を担い、南西地域にローテーション展開を本格化させている。さらに、陸自は、本土に所在する6個師団、5個旅団、1個機甲師団、空挺団及びヘリコプター団を機動運用部隊に指定し、九州・南西地域へ急派・増強する体制を敷いている。
 この陸自の体制は、米軍にも影響を与え、ハリス・インド太平洋軍司令官(当時)の「陸上自衛隊に学べ」「船を沈めよ」の指針の下、 米陸軍及び海兵隊が対艦・対空ミサイルなどを装備して第1列島線に展開し、日本や台湾、フィリピン等とともに中国海・空軍の進出を阻止する構想である。

 空自は、従来、沖縄那覇基地に1個航空団を主力とする南西航空混成団を配置していたが、同基地に第9航空団を新編して2個航空団とし、また南西航空警戒管制隊を同団に改編して南西航空方面隊に格上げの上、防空体制を強化している。
 東シナ海を戦場と考えた場合、作戦可能な中国空軍の基地や航空機の数は、日米のそれを大きく上回っている。また、中国軍の対地ミサイルの飽和攻撃によって日米の航空基地が早期に機能を喪失する恐れがあり、同空域の航空優勢は中国軍に傾く可能性が高い。
 そのため、日米の航空部隊は、中日本や北日本、さらには米領グアム、同自治領のテニアンやサイパンなどへの機動分散運用を繰り返し、陸自が構成する第1列島線バリアーの掩護下に、太平洋側からスタンド・オフ攻撃能力を発揮して航空優勢の獲得を目指すことになろう。

 海上自衛隊(海自)は、沖縄那覇基地にP-3C対潜哨戒機を装備する第5航空群などを配置するとともに、沖縄本島のホワイトビーチや奄美大島に基地機能を維持し、南西地域周辺海域への艦艇・航空機の展開に加え、 艦艇の長期間「インド太平洋方面派遣(IPD)」を行い、海上戦力の運用を強化して海の守りを固めている。
 日米台・中とも、多くの対艦ミサイルを装備していることから、東シナ海での水上艦艇の行動は、双方とも著しく制約を受ける可能性が高い。
 そのため、海自は、東シナ海では水中戦、すなわち、中国に対して優勢と見られる潜水艦戦や機雷戦を重視し、さらには無人艦艇などを開発・運用するとともに、空自と同じように、水上艦艇の主力は、 第1列島線バリアーの掩護下に、太平洋側からスタンド・オフ攻撃能力を発揮して海上優勢の獲得を目指すことになろう。

(ウ)急がれる防衛体制の強化
 すでに進行中のグレーゾーンの戦いに引き続いて生起すると考えられる我が国への武力攻撃は、サイバー戦や宇宙戦が先行すると見られる中、航空機やミサイルによる急襲的な航空攻撃によって開始される可能性が高い。  そして、航空攻撃やミサイル攻撃に加え、艦艇などによる海からの攻撃やわが国領土への直接侵攻、すなわち、わが国領土の占領を目的とした海軍陸戦隊(海兵隊)や陸軍による着上陸(水陸両用)作戦などが続き、本格的な侵攻へとエスカレートすることが想定される。
 そのため、特に、多数の島嶼から成る島国の日本は、海上優勢・航空優勢を確保し、わが国に侵攻する部隊の接近・上陸を阻止することが最大の目標である。
 その際の防衛行動は、「防空のための作戦」、「周辺海域防衛のための作戦」、「陸上(領土)防衛のための作戦」、そして、わが国の生命線であり、継戦能力の維持やわが国防衛のため米軍が来援する際の基盤となる 「海上交通(シーレーン)の安全確保のための作戦」を基本とし、これらに「宇宙戦」、「サイバー戦」および「電磁波戦」が加わる「マルチドメイン作戦(MDO)」となる。

 防空のための作戦では、国土からできる限り遠方の空域で迎え撃ち、敵に航空優勢を獲得させず、国民と国土の被害を防ぐとともに、敵に大きな損害を与え、敵の航空攻撃の継続を困難にすることが重要である。
 周辺海域防衛のための作戦は、洋上における対処、沿岸海域における対処、主要な海峡における対処及び周辺海域の防空からなる。これら各種作戦の成果を積み重ねて敵の侵攻を阻止し、その戦力を撃破又は消耗させることにより、周辺海域を防衛する。
 わが国を占領するには、侵攻国は海上優勢・航空優勢を獲得して、海から地上部隊を上陸、空から空挺部隊やヘリボン部隊を降着陸させる着上陸(水陸両用)作戦が不可欠である。 侵攻する地上部隊や空挺・ヘリボン部隊などは、艦艇や航空機・ヘリコプターで移動している間や着上陸前後は、組織的な戦闘力の発揮が困難という弱点があり、この弱点を捉え、 できる限り沿岸海域と海岸地域の間や着上陸地点において、早期撃破を追求するのが陸上防衛のための作戦である。
 日本の領海や排他的経済水域(EEZ)及び領空は、領土を基準とするものである。したがって、陸上防衛のための作戦は、小さな無人島などの島嶼を含め、敵による領土の占領を決して許してはならない最終・最大決戦の場となる。
 この際、米軍は、「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」に沿って、自衛隊が行う作戦を支援するとともに、打撃力の使用を伴うような作戦を含め、自衛隊の能力を補完するための作戦を行うことになる。

 こうして、わが国は、陸上・海上・航空防衛力と宇宙・サイバー・電磁波戦能力を横断的・有機的に結合し、その相乗(シナジー)効果により全体としての能力を増幅させる防衛力を整備し、 日米共同と相まって、武力攻撃を抑止し、万一、武力攻撃が生起した場合は、これに有効に対処して防衛の目的を達成できる確かな体制を構築しなければならない。
 前掲の国防戦略は、「戦後最も厳しい安全保障環境を踏まえ、わが国の防衛目標、この防衛目標を達成するためのアプローチ及びその手段を包括的に示すもの」としている。

 言い換えると、現状の防衛体制は、わが国が目指すべき防衛目標のレベルには到達しておらず、解決すべき課題が山積していることを意味している。

 したがって、現状の防衛体制の問題点や欠陥などを継続的に点検し、政治が強いリーダーシップを発揮して、戦後体制下の防衛政策の大胆な見直しと必要な予算の確保に注力し、実効性ある防衛力・防衛体制の整備を急ぐことが喫緊のテーマとして指摘される所である。