『中国の野望を絶つ 日米共同作戦』

2024.04
日本安全保障戦略研究所上席研究員 樋口譲次
考察U 中国の世界的覇権拡大戦略
1 「接近阻止•拒否拒否(A2/AD)」戦略
(1)A2/AD戦略の概要

(2) A2/AD戦略推進の現状一東シナ海/尖閣諸島、台湾そして南シナ海一
ァ 東シナ海:尖閣諸島を焦点とした日本の南西地域における中国軍などの攻撃的行動

付図・付表:
表3-1 A2/AD戦略
図3-1 図3-1 第1・第2列島線と中国のA2/AD戦略中国列島線
表3-2 中国の「三戦」
<参考> *各考察等に戻る:
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主要参考文献略語(Abbreviation)解説

 中国の世界戦略は、「中米太平洋分割管理構想(G2論)」(習国家主席)に見られるよう に、「接近阻止•領域拒否(A2/AD」戦略によって米国のプレゼンスを西太平洋から排除し て、東アジアに中国の地域覇権を確立することである。 同時に、巨大経済圏構想「一帯一路 (OB/OR)Jによって政治、経済、軍事などの面における勢力圏•影響圏をグローバルに拡 大し世界覇権を確立することである。
 言い換えれば、主として東へ力を及ぼすA2/AD戦略と西を重視しつつ四方へ力を及ぼす OB/OR構想を連動して運用し、世界覇権獲得を目標に地球規模のスケールで影響力を拡大 しようとする戦略である。
 この際、最も重視する目標は、両戦略の成否を左右する領域拒否(AD)ゾーン、すなわ ち黄海から東シナ、南シナ海にわたる中国近海(沿海)域を排他的に支配し内海化•軍事的 聖域化して「中国の海」にすることである。

 以上を踏まえ、中国が掲げるスローガンは、「中国の夢」としての「中華民族の偉大な復 興」である。その掛け声の下に、米国の覇権に挑戦し、「公正で合理的な国際政治•経済の 新秩序」 という中国主導の中華的国際秩序を構築して、既存の国際秩序にとって代わろうとしている。そして、過去の中華帝国の栄光を取り戻す思惑を「人類運命共同体」という中国 らしい面妖な言葉で表現している。
 そこで、本章では、中国の世界戦略の主軸をなすA2/AD戦略と0B/OR構想を中心に、その概要を再確認することとする。

1 「接近阻止•拒否拒否(A2/AD)」戦略
(1)A2/AD戦略の概要
 A2/AD戦略は、もともと中国で近代海軍の父と呼ばれている劉華清提督が提唱した「近 海防衛戦略」を、米国がそのような概念として呼称したものである。
 劉提督は、中華人民共和国(中国)の建国後、近代的な海軍を建設するための中心メンバーに選ばれ、1954年にソ連のヴォロシーロフ海軍大学に派遣されて、ゴルシコフ提督の指導・影響を受けたと言われている。 1958年に同校を卒業すると同時に海軍少将となり、北 海艦隊司令員、海軍副参謀長、解放軍副総参謀長などを経て、1982年に海軍司令員に就任 し1988年まで務めた。
 2004年に出版された『劉華清回顧録』(解放軍出版)によると、いわゆるA2/AD戦略は、 次の3段階で構成されている。

表3-1 A2/AD戦略
段階区分内容
第一段階領域拒否(AD)2000年〜2010年の間に、第1列島線の支配を確立し、中国周辺海域の防衛ゾーンを確保すること。
第二段階接近阻止(A2)2010年〜2020年の間に、第2列島線の海域を支配すること。
第三段階西太平洋の支配2020年〜2040年の間に、太平洋とインド洋における米軍の支配に終止符を打つこと。

 この際、A2能力は、主に長距離火力などにより、敵対者(米軍)が第2列島線に入るこ とを阻止するための能力を、また、AD能力は、より短射程の火力などにより、第1列島線 内での敵対者(日米軍など)の行動の自由を制限するための能力を、それぞれ意味している。
 また、同提督は、次のようにも述べている。

 海軍の作戦区域は今後かなり長期間、主に第1列島チェーン(線)の外縁及びその内 側の黄海、東シナ海、南シナ海である。経済力と技術水準が強化され海軍力が壮大になれば、作戦区域は段階的に太平洋北部から第2列島チェーン(線)に拡大する。
(括弧は筆者)

 このように、第一段階の作戦区域は、「主に第1列島チェーン(線)の外縁及びその内側 の黄海、東シナ海、南シナ海である」と述べ、第1列島線の支配確立には、その外縁まで進 出することを必須条件としており、 日本の南西地域や台湾などが中国軍の占領•支配の対象 に入っていることについては、深刻な認識が必要である。
図3-1 第1・第2列島線と中国のA2/AD戦略
中国列島線


 他方、中国は「三戦」を作戦遂行の基本方針として掲げている。
 「三戦」は、中国が2003年12月に改正した「中国人民解放軍政治工作条例」の政治エ 作に輿論戦(世論戦)、心理戦、及び法律戦の展開を追加したものであり、これらをまとめ て「三戦」と呼んでいる。
 米国防省は、「三戦」を次のように定義している。

表3-2 中国の「三戦」
輿論戦 中国の軍事行動に対する大衆及び国際社会の支持を築くとともに、敵が中国の 利益に反するとみられる政策を追求することのないよう、国内及び国際世論に 影響を及ぼすことを目的とするもの
心理戦 敵の軍人及びそれを支援する文民に対する抑止•衝撃•士気低下を目的とする 心理作戦を通じて、敵が戦闘作戦を遂行する能力を低下させようとするもの
法律戦 国際法および国内法を利用して、国際的な支持を獲得するとともに、中国の軍 事行動に対する予想される反発に対処するもの

 中国は、軍事や戦争に関して、物理的手段のみならず、非物理的手段も重視しているとみられ、前述の通り、「三戦」を軍の政治工作の項目としているほか、軍事闘争を政治、外交、 経済、文化、法律などの分野の闘争と密接に呼応させるとの方針も掲げている。
 これと類似したものとして、1999年に発表された中国空軍大佐の喬良と王湘穂による戦 略研究の共著で明らかにされた「超限戦(UnrestrictedWarfare)Jという軍事思想がある。
 この思想は、これからの戦争を、あらゆる手段で制限無く戦うものとして捉え、その新し い戦争の性質や戦略について論じ、通常戦、外交戦、国家テロ戦、諜報戦、金融戦、ネット ワーク戦、法律戦、心理戦、メディア戦など25種類にも及ぶ作戦•戦闘の方法を提案している。

 このように、新しい戦争の形は、軍事と非軍事の境界を曖昧にし、単に戦争手段の多様化 を示すだけではなく、それに対応した安全保障政策や戦略研究の必要を主張している点で、 「三戦」の思想を共有している。  それらは、現実に日本や台湾などに対する戦狼外交や経済的恫喝•制裁、サイバー攻撃、 SNSなどを利用した情報戦•認知戦、孔子学園を拠点とした思想•文化工作など多種多様 な手段を組合わせて行われていることからも明らかである。
 したがって、「三戦」や「超限戦」に対抗するためには、単に軍事(防衛)だけではなく、 国のすべての機能•任務役割を結集した対応が求められる所であり、 日本のみならず、中国 から脅威を受けている全ての国にとって、平時、危機時そして有事を通じて投げ掛けられた 大きな課題である。
このように、A2/AD戦略は、平・戦両時にわたって、「三戦」を積極的に展開しつつ、政 治、外交、経済、文化、法律などの分野の闘争と密接に呼応させて長期的・包括的に運用さ れ、これらはA2/AD戦略にとって、その属性として重視されている。

 この際、第一段階の「領域拒否態勢の確立」、すなわち第1列島線内の作戦区域支配は、 同戦略推進上の必須要件となっていることは前述の通りであり、次の4つの理由がその重要性を高めている。

@ 中国の経済発展地域は、北京市を中心とする環湯)海地域、上海市を中心とする長江デルタ 地域、広東省を中心とする珠江デルタ地域の3つの沿岸部に集中
 しており、その経済は東シ ナ海・南シナ海を経由する海上輸送に多くを依存している。また、第1列島線内の天然資 源・エネルギー源も中国の持続的経済
 成長に不可欠であること
A 中国は、この地域にいくつかの島!1¢等の領有権問題を抱えている。そのうち、「台湾の統 -Jは最大の課題であり、また、尖閣諸島の奪取を目論む東シナ
 海や9段線内の海域につい て「議論の余地のない主権」を主張している南シナ海でも係争状態にあること
B 中国は、西太平洋の支配態勢確立のため、領土周辺における敵(主として米軍)の自由な 行動を妨げる「領域拒否」に優先順を置かざるを得ない。
 そのため、黄海、東シナ海および 南シナ海を「中国の海」として内海化•軍事的聖域化し、米海空戦力の進入を阻止すること
C ロシアがバレンツ海やオホーツク海を弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)の潜伏海 域としているように、中国も、対米核戦略上、南シナ海の深海部に
 SSBNの潜伏海域を確保して、第2撃能力を保持する必要があること

 中国のA2/AD戦略は、時期的に見て、これまで、劉提督の描いたシナリオ通りに進展しているとは必ずしも言い難い。その一方、中国は、すでに第一段階のADという目標を、ほ ぼ達成しているとの指摘もある。
 尖閣諸島では、連日、中国公船等による同諸島周辺の接続水域内入域および領海侵入が繰 り返されている。また、2013年11月、尖閣諸島の領空を含んだエリアにまで「東シナ海防 空識別区」を設定し、海•空自衛隊の航行・飛行の自由を妨害しようとしている。
 台湾に対しては、暗黙の国境線と言われる台湾海峡の中間線以東へ侵入する中国海・空軍 の攻撃的な行動や「台湾封鎖」の軍事演習が常態化しており、台湾の統一に向けて事態をエ スカレートさせた、いわゆる新常態(ニューノーマル)を作り出している。
 また、南シナ海では、フィリピンが提訴した南シナ海仲裁裁判の判断(2016年7月)で、 中国が主張する「9段線」の根拠としての「歴史的権利」が否定され、中国の埋立てなどの 活動の違法性が認定された。

 それにも拘らず中国は、同裁定を完全に無視し、南沙諸島にあ る周辺国と係争中の7つの岩礁の埋立て•人工島化•軍事基地化をすでに完成させている。
 このように、中国は、第1列島線以内で、力による一方的な現状変更とその既成事実化を 推し進めている。
 さらに、中国軍は、米軍を西太平洋から排除するかのように、第1列島線 を超えて、第2列島線を含む太平洋海域への戦力投射と演習訓練を強化しているのだ。
 
(2) A2/AD戦略推進の現状一東シナ海/尖閣諸島、台湾そして南シナ海一
ァ 東シナ海:尖閣諸島を焦点とした日本の南西地域における中国軍などの攻撃的行動
 過去の経緯の中で、中国「海監」に所属する船舶2隻は2008年12月、尖閣諸島周辺の わが国領海に初めて侵入し、徘徊•漂泊といった国際法上認められない活動を行った。 その後も、中国の「海監」及び「漁政」に所属する船舶は、徐々に当該領海における活動を活発 化させてきた。

【コラム】中国の海上法執行機関所属の公船とは
 中国国務院(わが国の内閣に相当)款下の公安部「海警」、国土資源部国家海洋局「海監」、農業部漁業局「漁政」、 交通運輸部海事局「海巡」、海関総署海上密輸取締警察などが海上に おける監視活動などを行ってきたが、2013年3月、「海巡」を除くこれら4つの機関など を統合し、 新たな「国家海洋局」として再編した。そのうえで、同局が公安部の指導のもと、「中国海警局」(「海警」)の名称により監視活動などを実施する方針などが決定された。
 2018年7月から、これら海警部隊は「武警海警総隊」として、中央軍事委員会による一元的な指揮を受ける人民武装警察部隊(「武警」)に編入されたが、「中国海警局」の名称はそのまま用いられている。
⟨出典⟩平成30年版『防衛白書』を筆者一部補正

 2012年12月に、中国国家海洋局(現中国海警局)所属の固定翼機が中国機として初めて 尖閣諸島周辺の領空を侵犯する事案が発生し、 2014年3月までの間、同局所属の航空機の 当該領空への接近飛行がたびたび確認された。その後、小型無人機らしき物体が飛行していることも確認されている。
 特に、中国の活動が著しく活発化したのは、我が国が尖閣諸島を国有地化(2012年9月 11日)して以来であり、中国公船等による同諸島周辺の接続水域内入域および領海侵入が、ほぼ毎日途切れることなく続いている。