『中国の野望を絶つ日米共同作戦』
2024.04
日本安全保障戦略研究所上席研究員 樋口譲次
『考察T』 米中はなぜ対立するのか?!
-構成-
1 米国
(1)米国の大戦略/国家戦略:ユーラシアにおける覇権国の出現阻止

(2)中国の「責任ある利害関係者(stakeholder)」を期待した米国の失望
2 中国
(1)「米国衰退」論を根拠にした中国の世界的覇権拡張戦略

(2)「韜光(とうこう)養(よう)晦(かい)」から「戦狼外交」へ
3 「トゥキュディデス(ツキジデス)の罠」―既存の覇権国と台頭する新興国との対立―
<参考> *各考察等に戻る:
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主要参考文献略語(Abbreviation)解説

 米国と中国の対立が激しさを増している。なぜ、米中は対立するのであろうか。
 そこには、両国とも、世界の大国であるとの自認・自負がある。その上で、米国は、同国主導の国際秩序が中国の権威主義体制によって脅かされているが、20世紀に引き続き、21世紀も「アメリカの世紀」を維持したいと考えている。

 一方、中国は、経済発展を梃子に、自国のパワーと政治的影響力が急速に増大する一方、米国のそれが相対的に低下している趨勢を踏まえ、米国に追い付き追い越せるとの認識が高まり、それを前提に、米国に代わって世界覇権を握ろうと考えているからに他ならない。
 米国が衰退し、中国が興隆して国力が拮抗しつつあると見られる中で、両国は「大国の興亡」あるいは「新たな大国間競争」の局面に入ったのである。したがって、この対立は宿命的といえよう。

 他方、「米国衰退/中国興隆」論、すなわち「中国の世紀」到来論については、その真偽や行方は定かではない。
 
  ここにきて、中国経済は急減速し逆風に曝されており、「中所得国の罠」(注1)あるいは「未富先老」(注2)に陥るとの懐疑的、悲観的見方が勢いを増しており、米国では中国を過大評価することへの戒めの論調も出始めている。
(注1)多くの開発途上国が経済成長により一人当たりGDPが中程度の水準に達した後、それまでの経済パターンを転換できず、経済成長率が低下、あるいは長期にわたって低迷すること
(注2)未だ富むことがないまま、先に老いること


 そのため、このテーマに関しては、改めて慎重かつ総合的な分析・検討が必要であるので、深く立ち入ることを避けるが、果たして、米中はどのような情勢認識や世界観を持ち、どのように主張し行動しているのかについて、少し掘り下げてみることとする。

1 米国
(1)米国の大戦略/国家戦略:ユーラシアにおける覇権国の出現阻止
 米国は、国家安全保障戦略と、それに次ぐ国防戦略及び軍事戦略を公表している。だが、国家安全保障戦略の大元となる大戦略/国家戦略については明らかにしておらず、その存在自体も不明である。
  しかし、カーター政権で国家安全保障担当大統領補佐官を務めたZ.ブレジンスキー氏は、その著書『21世紀のユーラシア覇権ゲーム 地政学で世界を読む』(2003年)の中で、 長い間、ユーラシアが世界の舞台の中心に位置してきたが、20世紀の最後の10年に、歴史上はじめてユーラシア以外の国アメリカが圧倒的な力を持つ世界覇権国になったと述べ、次のように指摘している。

 しかし、ユーラシアが地政上の重要性を失ったわけではない。ユーラシアの西端、ヨーロッパは世界有数の政治力と経済力をもつ国がいくつもあるし、東端のアジアはこのところ、世界の経済成長の中心になり、政治的な影響力が高まっている。
 したがって、世界政治に関するアメリカがユーラシアの複雑な力関係をどのように管理していくか、 とりわけ、圧倒的な力を持つ敵対的な勢力がユーラシアに出現するのを妨げるかどうかが、世界覇権国としてのアメリカの力を保つうえで、決定的になっている。(傍線は筆者)

 また、クリントン政権で国防次官補(国家安全保障担当)であったジョセフ・S・ナイ氏は、『アメリカの世紀は終わらない』(2015年)の中で、第1次大戦後、アメリカが極端な孤立主義に陥ったことにも触れつつ、次のように述べている。

 アメリカの世紀の始まりをより正確に示すなら、・・・フランクリン・ルーズベルト大統領による1941年の第2次大戦への参戦であろう。 ・・・同じ程度重要だったのは、戦後、ハリー・トルーマン大統領がアメリカ軍の恒久的な海外駐留につながる決定を下したことだった。
 1947年当時、それまでの覇権国であったイギリスは東側共産国からの脅威に曝されてるギリシャおよびトルコを支援するにはあまりに弱体化しており、アメリカが代わりを引き受けることになった。
 1948年、アメリカは、ヨーロッパ復興を目指すマーシャル・プランに多額の資金を投じ、1949年にはNATO北太平洋条約を創設し、1950年には朝鮮戦争で戦うため国際連合の同盟軍を率いた。これらの行動は対共産主義圏の封じ込め戦略の一部だった。(括弧は筆者)

 アメリカは、第2次大戦の欧州と太平洋戦場で、目覚ましい戦果を上げ、連合国を勝利に導いた。また、同国は、1945年に世界経済の半分を占め、グローバルパワーの中心として世界の主導権を得たものと見られた。
 それらを踏まえた上で、ナイ氏は、「アメリカの世紀」の始まりを対共産主義圏の封じ込め戦略に求めており、この封じ込め戦略は、言うまでもなく、ユーラシアのハートランドに位置し、 ユーラシア全体の支配を目論む東側の盟主・ソ連のパワーと政治的影響力の拡大を阻止する手段であった。
 なお、ナイ氏は、「中国の世紀」到来論は誤りで、アメリカの地政学的優位は揺らがず、「アメリカの世紀は終わらない」と結んでいる。
 この後の第2章で詳しく述べるが、米国は、「北米島」に位置し、地理的にユーラシア大陸から離隔(孤立)した「海洋国家」である。
 その米国は、政治・外交や経済・通商の相手の多くはユーラシアに存在するが、同時に、自国の脅威の主対象も同地域に存在することから、「ユーラシア国による地域覇権を阻止する」ことが米国の安全保障・国防の最大の利益であり使命であると考えている。
 それが、米国のコンセンサスとして広く受け入れられているのだ。
 1989年、米ソ首脳によるマルタ会談をもって東西冷戦が終結した。冷戦間の脅威の主対象はソ連(現ロシア)であったが、その結末が付き、暫くして後、 ユーラシアの東端に位置する「中国の台頭」に伴う覇権交代の挑戦を受けて主対象が代わった、それが現在の米中対立の本質的構図なのである。

(2)中国の「責任ある利害関係者(stakeholder)」を期待した米国の失望
 共和党のニクソン政権(1969〜74年)は、東西冷戦における対ソ戦略を優位に導くとともに、ベトナム戦争の早期解決などを睨んで、中国との和解に動いた。 このいわゆる関与政策は、その後、歴代政権に受け継がれ、中国が経済発展すれば自由や民主主義が拡大し、ゆくゆくは「責任ある利害関係者(stakeholder)」になることを期待したもので、 当初、米国の対中観は、アメリカン・システムの中での平和的台頭を信頼する極めて楽観的なものであった。
 しかし、民主党のオバマ政権( 2009〜17年)の後半から「深刻な懸念」を表明するようになり、その期待は幻想に過ぎなとの認識が広がった。
 そして、中国に完全に裏切られたことを悟った次のトランプ共和党政権(2017〜21年)は、同じ共和党のニクソン政権から始まった対中関与政策を「失敗であった」と認めた。
 その上で、中国が国家統治システムを改革するという期待に見切りをつけ、米国に代わって世界的覇権を追求する中国との本格的かつ全面的な対立に踏み切ったのである。  当初、共和党が主導した対中関与政策を同党の大統領が「失敗であった」と認めることは、大きな勇気と決断を伴うものであり、それは米中関係の対立・悪化が、すでに後戻りできない地点(Point of No Return)を超えたことを示す明確な意思表明とみて差し支えなかろう。
 その後、トランプ政権による対中非難は、辛辣を極めた。
 ペンス副大統領は、2018年10月にハドソン研究所で「第2次冷戦」宣言といわれる歴史的演説を行い、また、2019年10月のウィルソン・センターでの講演では、 香港問題やウイグル人弾圧など過去1年間に中国が見せた不穏な行動を詳細に説明した上で、「米国は引き続き対中関係の根本的な見直しを追求する」と述べた。
 さらに、2020年以降、米国政府は、中国への強硬姿勢を一段と鮮明にした。
ロバート・オブライエン大統領補佐官(国家安全保障担当)は、中国の指導者を持ち上げることで中国共産主義体制を近代化させるという過去数十年間の政策は裏目に出て、 「1930年代以降の米国の外交政策で最大の失敗」だったと断言し、「中国に対して米国が受動的で未熟であった時代は終わった」と明言した。
 その後も、クリストファー・レイ米連邦捜査局(FBI)長官、ウィリアム・バー司法長官、マーク・エスパー米国防長官などの主要閣僚が、立て続けに中国を厳しく非難する演説を行った。

 極め付けは、2020年7月のポンペオ国務長官によるニクソン大統領図書館での対決色を顕わにした講演である。
 ポンペオ国務長官は、中国による知的財産権の侵害や、南シナ海など周辺国への権益の主張などを並べ立てた上で、習近平国家主席を名指し「全体主義のイデオロギーの信奉者だ。その野望は共産主義による覇権の確立だ」と強く非難した。
 また、同演説の中で、実に27回も「共産主義」国家の中国、および中国共産党を名指しして非難し、「われわれが今、屈従すれば、われわれの孫たちは中国共産党のなすがままになる可能性がある」と強調した。
 そして、「中国共産党から世界の自由を守ることは、われわれの使命だ」と述べ、中国に対抗するため民主主義国家による新たな同盟の構築を訴えた。
 このような中国との対立姿勢を巡る発言の趣旨は、すでに2017年12月に発表された「国家安全保障戦略(NSS)」及び2018年1月発表の「国防戦略(NDS)」に政府の公式な基本方針として明示されており、発言はそれらに基づくものであった。

 2021年1月に民主党のバイデン政権が発足した。
 オバマ政権で副大統領を務めたバイデン氏には、中国に寛大で、習近平国家主席の覇権的拡大方針や独裁体制強化への認識が甘すぎたとの批判が付きまとい、融和路線へ回帰するのではないかとの疑念もあった。
 しかし、バイデン大統領は、それを完全に払拭しトランプ政権の対中政策を基本的に受け継いでいる。2022年10月に公表された「国家安全保障戦略(NSS)」では、  「中国は、国際秩序を再構築する意図を持ち、その目標を推進するための経済力、外交力、軍事力、技術力をますます高めている唯一の競争相手である」と明記し、民主主義国家と協力してこれに対処するとしている。
 特に、経済の分野では、トランプ政権下での関税をほぼ維持すると同時に、中国による特定の先端半導体の購入・製造能力を抑制する輸出管理規制を導入し、また、対中投資を抑制する政策を採っている。

 今や、中国に強い態度で臨むことは、米議会で党派を超えた既定路線となっており、今後、政権交代があったとしても、その政策が基本的に変更されることはないと言うのが大方の見方である。

2 中国
(1)「米国衰退」論を根拠にした中国の世界的覇権拡張戦略
 では、一方の中国はどうか。
 習近平国家主席の戦略ブレーンで、中国国防大学の劉明福教授(上級大佐)は、その著書『中国の夢−ポスト・アメリカ時代の中国の大国的思考と戦略的位置づけ』(2010年)の中で、次のように述べている。

 アメリカが世界の覇権を握っていたのは、歴史的に見ればほんの短い間のことだ。その短い時代は終わりに近づいている。アメリカに代わってまず西太平洋地域の、そしてゆくゆくは世界のリーダ―になることこそ中国の運命だ。

 この主張を取り上げ、「中国の夢」は、習近平政権の政治スローガンとして採用された。そして、習主席は、2016年に「時代認識と中華的秩序の構築」に関して、次のように述べている。

 国際的なパワー・バランスの消長・変化とグローバル化による課題の増加で、グローバル・ガバナンスを強化し、その変革を進めることが大勢となっている。 われわれはチャンスをとらえ、情勢に逆らわず、国際秩序を(中国にとって)より公正かつ合理的な方向へ発展させることを推し進める。(括弧は筆者)

 ここでいう国際的なパワー・バランスの「消長・変化」とは、「消」は米国の国力衰退を、「長」は中国の興隆をそれぞれ意味し、世界でそのような変化が起きているとの情勢認識を示している。
 そして、これを覇権交代の好機と捉え、国際社会での統治・工作を強化してその変革を進め、「公正かつ合理的な国際政治・経済の新秩序」という中華的国際秩序の実現を推進するとしている。
 まさに、劉教授の「中国の夢」を政治的言葉に置き換えて表現したものである。
 さらに、習主席は2021年、「東昇西降(東側が台頭し、西側が衰退する)」とのスローガンを打ち出し、中国が米国に代わって世界一の経済大国になるとも宣明している。
 この「米国衰退」論が、中国の情勢認識の主流を占め、中国の世界観形成の前提となっており、それに基づいてグローバルな覇権大国を目指すとの主張を強めているのである。

(2)「韜光(とうこう)養(よう)晦(かい)」から「戦狼外交」へ
 中国の覇権拡大の背景には、歴史的にみて、近代までの長い中華帝国の伝統がある。
 中国は、東アジアの中で、自らを「中央の王朝」あるいは「中心の国」とみなし、同地域の国際システムにおける政治的階層の頂点に位置付け、朝貢体制・冊封体制によって周辺国との主従・隷属関係を築いてきた歴史がある。
 言うまでもなく中華思想であり、中華帝国と共産主義中国は、独裁と強権・恐怖支配の共通項でも繋がっている。
 清朝時代の19世紀半ばから後半に掛けて、近代化で世界に遅れをとり、植民地化の辱めを受けた誇り高い中華民族は、その不名誉の挽回を図るとともに、改めて中国を中心とし、中国が主導する、いわば自分勝手な世界秩序への置き換えを目指していると見られている。
 その意思を、「中国の夢」としての「中華民族の偉大な復興」のスローガンに込めている。

 『大国の興亡』(1987年)の著者・ポール・ケネディ氏は、産経新聞(2016年1月7日付)とのインタビューで、「中国の指導者は繁栄する中国、最も強力な現代の『中国王朝』へ回帰し、現代的な形による他国との隷属関係を望んでいる」と述べている。
 「中華民族の偉大な復興」は、「漢民族中心の国家建設」と「富強(富民強国)大国の建設」の二本柱で構成される中国の国家目標であり、辛亥革命以来掲げられてきたものだ。
 この目標は、毛沢東以降の共産党統治下においても基本路線として踏襲されてきたが、江沢民国家主席(1993〜2003年)指導下の第16回党代表大会(2002年)でメインスローガンとなって以来、特に強調して用いられるようになった。
 そして、中国共産党創設100周年にあたる2021年を中間目標とし、最終目標は中華人民共和国創建100周年にあたる2049年としてその実現を目指している。そこには二つの百年があり、2020年の一人当たり国民所得を2010年比で倍増させることを目標とし、最初の百年に当たる2021年までに経済力で米国に追いつき、軍事力などを加味した総合国力でも米国に対抗できる実力を養う。

 そして、二番目の百年を迎える2049年に米国に代わる世界のリーダとしての地位を獲得するというものである。
 マイケル・ピルズベリーが中国の『百年マラソン(The Hundred-Year Marathon)』(2015年)と指摘した理由はそこにある。
 国防と軍隊の建設の目標について、中国は、第19回党大会(2017年10月)の習総書記の報告や2019年に公表された国防白書において、 @2020年までに機械化を基本的に実現し、情報化を大きく進展させ、戦略能力を大きく向上させた後、A2035年までに国防と軍隊の現代化を基本的に実現し、B中華人民共和国創建100周年(2049年)を念頭に、 21世紀中葉までに中国軍を情報化戦争や智能化戦争を戦える世界一流の軍隊に全面的に築き上げるよう努めるとしている。
 なお、ピルズベリーの二つの「百年マラソン」の間の2027年に、中国人民解放軍創設100周年というもう一つの「百年マラソン」のゴールがあり、国防・軍隊建設における一大目標となるため今後の動きを注視する必要があろう。

 冷戦終結前後から認められた緊張緩和を背景に、東西対立下の重石や拘束から解き放された国々の中から、生産性の増大によって経済成長を遂げ国力を急速に伸ばした中国、インド、ブラジルなどの新興国が現れた。
 なかでも中国は、積極的な「改革開放」政策に転換し、2010年には日本を抜いて世界第二の経済大国に浮上した。
 その先頭に立って指揮したのが、1990年代の最高指導者・ケ小平であり、「韜光(とうこう)養(よう)晦(かい) 有所作為」、すなわち、「才能を隠し、同盟を結ばず、突出せず、覇を称えない」とする低姿勢の外交・安保方針を維持した。
 しかし、胡錦濤国家主席(2003〜13年)になって、急速に経済が発展し軍事力の増強が実を結ぶにつれ、「堅持韜光養晦 積極有所作為(打って出ろ)」の演説に示されているように、 中国は、抑制的外交や平和的発展の則を超えて、より積極的・覇権的な対外路線を推進するようになり、「大国の振る舞い」が顕著になった。

 次に登場したのが、習近平国家主席である。
 習主席は2013年6月、オバマ大統領との米中首脳会談で「新型の大国関係」を力説した。「太平洋には米中両国を受け入れるに十分な広さがある」との「中米太平洋分割管理構想」あるいは「中米世界分割管理構想」に代弁される、いわゆる「G2」論を展開したのである。
 この背景には、前述の通り、米国の国力は衰退しつつあり、ほぼ20世紀と重なる「アメリカの世紀」は終わったとの中国指導者の「米国衰退」論が前提となっているのは間違いない。
 習主席は、2014年5月の「アジア信頼醸成措置会議(CICA)」で「アジア新安全保障観」を打ち出した。「第三国に向けて軍事同盟を強化することは、地域の安全を守るうえで不利」であり、 「アジアの安全は最終的にアジア人民によってまもられなければならない」と強調して、米国と対立し、米国をアジアから排除する意思を鮮明にした。経済的には、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想が環太平洋パートナーシップ(TPP)協定への対抗戦略として打ち出されている。
 これらの国家戦略を軍事的に支えるのが、この後詳しく述べる対米「接近阻止・領域拒否(A2/AD」戦略である。
 さらに、習国家主席は、2014年11月のアジア太平洋経済協力首脳会議(APEC)でシルクロード経済ベルト構想/「一帯一路(OB/OR)」を打ち出し、これによって中国の国家戦略は一挙にグローバルな広がりを持つようになった。
 本構想は、陸路で中央アジアから中東、そしてヨーロッパに至る「シルクロード経済ベルト」(一帯:OB)と海路で東南アジアからインド洋、そしてアフリカ、ヨーロッパに至る「21世紀海上シルクロード」 (一路:OR)の2つのアイディアから成り立っている。いずれも、資源エネルギーの獲得や軍事プレゼンスの拡大を主眼とする陸と海のシルクロードに沿った巨大経済圏構想である。その対外姿勢も、「戦狼外交」へと極めて攻撃的な態度に変わっている。

 中国は、A2/AD戦略とOB/OR構想を密接に連携させて運用しており、自国の東西に向けたグローバルな覇権的拡張戦略を展開するとともに、その国力や地位に相応しく、既存の国際秩序を自らの都合に合致した「中華的新秩序」に変えようとしている。
 ユーラシアにおける地域覇権国の出現を認めないとする米国と、中華思想を背景に、米国に代わって世界覇権の獲得を目指す中国との対立は決定的で、長期化の様相を見せている。

3 「トゥキュディデス(ツキジデス)の罠」―既存の覇権国と台頭する新興国との対立―
 レーガン政権からオバマ政権の歴代国防長官顧問を務めた米ハーバード大学のグレアム・アリソン教授は、いわゆる「トゥキュディデスの罠」の危険性を長年に亘って研究してきた。

【コラム】トゥキュディデスの罠
 トゥキュディデスの罠とは、古代アテネの歴史家トゥキュディデスが、ペロポネソス戦争を不可避なものにしたのは新興国アテネに対するスパルタの恐怖心であった、と記したことに由来している。 従来の覇権国家と台頭する新興国家が、戦争が不可避な状態にまで衝突する現象を指すもので、米ハーバード大の政治学者グレアム・アリソン教授が作った造語である。
<出典>各種資料を基に筆者作成

 同教授は、2016年9月の米誌論文で、台頭する新興国とその挑戦を受ける既存の覇権国との対立は避けられないとし、過去500年の間に、覇権争いが16件あり、その内、12件は戦争に発展したと分析して、次のように警告を発している。

 現世代における世界秩序を左右する問題は、米国と中国が「ツキジデスの罠」を回避できるかどうかである。・・・現在の趨勢から判断すれば、今後数十年間における米中間の戦争の蓋然性は、現時点で認識するよりもはるかに高い。歴史が示すところによれば、戦争になる確率が高い。

 つまり、長い人類史の事例研究の成果に従えば、40年以上にわたった米ソ冷戦と同じように長期化するとみられる米中対立の間に、本格的かつ全面的対立を解決する手段として、両国の直接軍事対決、 あるいは東西冷戦期のような局地紛争や地域紛争が生起する可能性を否定することはできない。
 特に、台湾海峡には、米中対立に発展しかねない現実的な危機が存在する。中国の習主席は、台湾統一問題の解決に当たり、「武力行使の権利を放棄することは決して約束せず、あらゆる必要な措置を取る選択肢を留保する」と繰り返し公言している。
 中国軍のエスカレートする軍事的圧力によって中台間の緊張は日々高まり、常に武力紛争へと拡大するリスクを孕みつつ進行しており、「東アジアの火薬庫」と見られているからだ。
 また、掲書の中でピルズベリーは、「わたしたち(米国の対中政策決定に係わってきた者たち)の影響力を過小評価していたのである。こうした仮説(中国はやがて民主的で平和的な大国になる。 中国は大国となっても地域支配、ましてや、世界支配を目論んだりはしない。)は、すべて危険なまでに間違っていた」(括弧は筆者)と後悔の念を込めて米国の対中認識反省論を展開している。
 そのため、米中対立を背景として中国の覇権拡大がもたらす軍事的挑戦の危機をいかに抑止し対処していくかが、特に、今後10数年にわたり日米をはじめ周辺諸国そして国際社会に課せられた安全保障上の最大の課題といっても過言ではない。
 そして米国は、「自由で開かれたインド太平洋」を推進するインド太平洋戦略に基づき、可能な限り同地域に米軍を集中し、軍事面でも対中態勢を強化している。
 世界の2大超大国の「負のスパイラル」は一段と悪化し、米中関係は過去数十年間で最悪レベルに陥っている。
 重ねて述べるが、米中が、本格的かつ全面的対立、いわば新冷戦への傾斜を強めつつある今、その行方は、米国を唯一の同盟国とする日本をはじめ、周辺国の外交、経済、安全保障・防衛など、21世紀を通じたインド太平洋地域の行く末に重大な影響を及ばさずには措かないのである。
 そこで、次に、この対立を仕掛けた中国の世界的覇権拡大戦略について、その概要を述べることとする。