新防衛大綱策定への提言
-新「防衛計画の大綱」はどう描くべきか?-

平成20年12月23日
(社)日本郷友連盟

提言書起案グループ; (Gp長)倉田英世,樋口譲次(主筆),鬼塚骼u,高井晋,冨田稔,矢野義昭

-目次構成-

T はじめに 
U 現大綱(「平成17年度以降に係る防衛計画の大綱」)の問題点 
 1 防衛力整備における下限の歯止めの喪失
 2 アジア周辺諸国、特に中国との軍事力格差の増大による抑止及び対処能力の低下 
 3 新たな所要充足のための既存防衛力圧縮による自衛隊の実力と任務遂行能力の低下
 4 当面の脅威などに対する「対処」に偏重したことによる侵略の「抑止」と国土防衛の最後の手段である陸上防衛力の低下
 5 核防衛体制の不確実・不完全性 
 6 国際任務に必要な条件の未整備
V 次期大綱への提言(指針)
 1 次期大綱作成の前提となる国際情勢の構造的変化に対する認識
 2 「わが国の地政学上の基本的特性」と「国際情勢の構造的変化」を踏まえた防衛戦略並びに防衛政策の構築 
 3 防衛力整備とそれに伴う防衛関係経費の確保


T はじめに

 内外の諸情勢の変化を踏まえて、来年(平成21(2009)年)には現防衛大綱(「平成17年度以降に係る防衛計画の大綱」)に代わる新たな大綱が策定される運びのようである。

 防衛大綱は、「わが国の安全保障の基本方針、防衛力の意義や役割、さらには、これらに基づく、自衛隊の具体的な体制、主要装備品の整備目標の水準といった今後の防衛力の基本的指針を示すもの」(平成20年版「防衛白書」)であり、わが国の安全保障の将来を左右する最も重要な国家の方針書の一つである。

 そこで、現大綱に内在する諸問題を指摘し、わが国の地政学的特性などの検討を基礎にして、新大綱のあるべき姿について所要の提言を行うものである

【現大綱(「平成十七年度以降に係る防衛計画の大綱」)の問題点】
― 財政主導の論理(「最初に財政ありき」)による防衛政策の制約と歪み ―

 わが国の防衛力整備は、昭和51(1976)年に「防衛関係経費GNP 1パーセント以内」の方針が閣議決定されて以来、長い間、この方針に基づいて厳しく規制されてきた。
 この方針は、ポスト四次防の検討に際して、日本経済の高度成長期(1956〜73年度平均成長率9.1パーセント)から低成長期(=安定成長期、1974〜90年度平均成長率3.8パーセント)への移行や1970年代前半から中頃にかけた 東西冷戦の一時的な緊張緩和(デタント)などの情勢を受けて、最初の「防衛計画の大綱」(51大綱)とほぼ同時に決定されたものである。
 昭和61(1986)年12月には、中曽根内閣によって一端はこれを適用しないとし、新たな歯止めについて検討するとの政策変更が行われた。
 それにもかかわらず、防衛力整備の当面の歯止め(基準)として作られたはずのこの方針は、今日に至るまで犯しがたい不文律あるいは無言の圧力となって作用し続け、 当時よりさらに低成長期(1991〜2007年度平均成長率1.3パーセント)に入った現在では、防衛力整備に必要な経費の確保さえ儘ならない重い足かせとなっている。

 現大綱決定(平16年12月10日)の前年、「弾道ミサイル防衛システムの整備等について」の閣議決定が行われた。その中の「経費の取り扱い」の項で、「BMDの整備という大規模な事業の実施に当たっては、…  自衛隊の既存の組織・装備の抜本的な見直し、効率化(削減)を行うとともに、わが国の厳しい経済財政事情等を勘案し、防衛関係費を抑制(削減)していくものとする。…」と、その後のわが国の防衛のあり方を左右する極めて重大な取り極めがなされた。

 すなわち、現大綱は、防衛関係経費GNP1%以内の規制に加え、さらなる財政上の圧縮的縛りを前提条件として策定されたものである。

 この結果、防衛上の要求に必要な経費が確保できないために、経費の制約に辻褄を合わせた無定見・無責任な防衛理論や防衛政策が策定されていないかとの懸念が生じる。

 この財政主導の論理(「最初に財政ありき」)によって制約を受け、かつ歪められたともいえる現大綱の内容(防衛政策)には、策定の当初から次のような大きな問題点あるいは矛盾を内在させることになった。

1 防衛力整備における下限の歯止めの喪失

 前大綱(「平成8年度以降に係る防衛計画の大綱」)以前の防衛力整備の基本的指針になっていた「基盤的防衛力構想」は、その考え方に異論があるものの、平時から保有すべき防衛力の下限を示していたはずである。
 これが、財政主導の論理によって反故にされた。
 この結果、いかなる時代、いかなる情勢下にあっても独立国として必要最小限保有しなければならない防衛力の最低レベル維持政策が放棄され、下限の歯止めを失ってしまった。(図1参照)

     日本の防衛関係費の推移
                      図1-日本の防衛関係費の推移

2 アジア周辺諸国、特に中国との軍事力格差の増大による抑止及び対処能力の低下

   世界の軍事費は、2000年から増加に転じ、アジアは南北アメリカ、中東とともに地域別増加の上位を占めている。主要国別の増加状況は中国、ロシア、米国の順で高く、この間、日本は反対に防衛費の削減、すなわち軍縮を行ってきた。(図2参照)

    アジアと日本の軍事費
(注)北朝鮮は含まず。中国の国防費は公表額に基づく。中国のシエアー1997年14.1% 2005年27.4% 2007年31.4%
出典:「世界の軍事費(1997〜2007)」(ストックホルム国際平和研究所)
                       図2-アジアと日本の軍事費

 このため、アジアにおける日本の軍事的地位は急速に低下している。特に中国の長年にわたる急激な軍拡の動きによって、わが国との軍事力格差は年々歳々増大する一方で、予想される将来の重大な脅威に対して、これを有効に抑止し、 対処することができない情勢が生じる恐れがある。(表1参照)
                     表1-中国の国防費
@ 2008年度国防予算は前年度比17.7%増加、当初予算比で20年連続の二桁の伸び率を達成
A 国防費の増額は5年毎におよそ倍額となるペース
B 過去20年間で公表国防費は名目上19倍の規模
C 公表国防費は軍事目的に使用している額の一部で、装備購入費や研究開発費などは含まれず、実
  際の国防費は公表額のおよそ2〜3倍

(平成20年版「防衛白書」から引用)

                

3 新たな所要充足のための既存防衛力圧縮による自衛隊の実力と任務遂行能力の低下

 弾道ミサイル防衛(BMD)システムなどの新たな所要を充足するに際して、防衛関係経費の抑制と既存の自衛隊の組織・装備の抜本的見直し(削減)を前提としたため、自衛隊の既存の組織・装備は大幅に圧縮され、その実力が相当に低下した。 この結果、自衛隊は、21世紀に入って拡大し続けている任務や国家的役割に十分に対応できない能力上の限界に陥りつつある。(表2参照)

                  表2-「前大綱と現大綱の防衛力比較(陸上自衛隊の場合)」
  前大綱と現大綱の防衛力比較(陸上自衛隊の場合)

4 当面の脅威などに対する「対処」に偏重したことによる侵略の「抑止」と国土防衛の最後の手段である陸上防衛力の低下

 北朝鮮の弾道ミサイル(核を含む大量破壊兵器)やゲリラ・コマンド攻撃、国際テロなど当面する脅威への対処や国際平和協力業務(PKOなど)への対応にかかわる分野を格別に取り上げた結果、 わが国防衛政策の基本である「国土防衛」における真の脅威は何か、これにいかに備えるべきか、という根本問題から目を逸らしてしまった。
 すなわち、防衛力の本来的役割である長期的施策を通じて紛争を未然に防止する「抑止」の重要性が軽んぜられ、その結果、「国土防衛」の骨幹である陸上自衛隊の戦車や火砲などの重要装備品等の整備が疎かにされている。

5 核防衛体制の不確実・不完全性

 核の脅威に対して、わが国はBMDシステム以外に有効な手段を欠き、米国の「核の傘」にほぼ全面的に依存せざるを得ないが、その信頼性には少なからぬ疑念が存在し、北朝鮮の核実験をきっかけとしてその疑念は一層拡大した。 日米同盟下のわが国の核抑止・対処体制は、北朝鮮の核開発による「眼前の危機」のみならず、日本を見据えている中露の核の脅威に対して、楽観的に見ても不確実・不完全と言わざるを得ないのが現実である。

6 国際任務に必要な条件の未整備

 国際平和協力活動などの根拠となる国家目標および国家戦略が不明確であるとともに、活動時の権限が国際標準に程遠いことなど、活動の前提条件が十分に整備されていない。

U 次期大綱への提言(指針)

1 次期大綱作成の前提となる国際情勢の構造的変化に対する認識

1.1 中印の台頭とロシアの復活による米国一極支配の終焉
 冷戦が終結して約20年、そして21世紀が幕を開けて約10年弱が経過した今日の世界は、大きな構造変化の分水嶺を越えようとしている。
 中国やインドが急速に台頭し、またロシアが復活する中で、イラク戦争の挫折や今般の金融危機などを契機として世界唯一の超大国といわれてきた米国のパワーと地位が相対的に低下し、 その一極支配の構造に大きな変化が起こり、多極化の兆しが現れつつある。
 言い換えると、アメリカは他を圧倒する世界一のブランド力(威信)を失いつつある。
 しかし、弱いアメリカは、決して日本の利益ではない。

 わが国が維持しなければならない唯一の同盟国アメリカのパワーと地位が揺らげば、隣接する大陸国家・中国とロシアからの風圧が強まるのは必定である。
 さらに、これらの大きな構造的変化と複雑に絡み合いながら、北朝鮮の核ミサイル開発に代表される大量破壊兵器とその運搬手段の拡散、国際テロの頻発、資源エネルギーの争奪戦など解決や制御の難しい問題が併存し、 危険を孕みながら流動的に推移している。

 わが国は、米国との連携を強化しつつも、いよいよ戦後体制から脱却して自立への道に踏み出すことが求められる時代に直面している。
 すなわち、わが国の国家目標や国家戦略を確立し、自らの防衛努力の更なる強化はもとより、日米同盟を対外政策の基軸としながら、より大きな国際的役割を果たさなければならない。

1.2 わが国に対する軍事的脅威の増大

1.2.1 中国

1.2.1.1 2007年時点の中国軍の戦力(「ミリタリーバランス2007」等による)
 全面的かつ強力な核戦力(ICBM×46基、IRBM×35基、SRBM×35基、SSBN一隻)を展開するとともに、陸軍160万人、18コ集団軍、艦艇674隻(潜水艦55、主要艦艇76隻)、 作戦機約2580機(爆撃機222機、戦闘爆撃機2421機)が配備されている。

1.2.1.2 2030年頃の軍事能力予測
 中国は、今後引き続いて質量ともに軍備の増強・近代化を重点的に推進し、台湾正面と平行した対日侵攻の事態(ケース)においては、下記の戦力を指向することが可能と見積られる。(表4参照)

a) 核戦力
 JL-2型SLBM×24基を搭載したオスカー級SSBNが対日本向けに常時一隻哨戒し、地上配備のIRBMと移動式固体燃料SRBMを合わせれば、約300数十基の核戦力を指向できる。 その他、爆撃機の一部によっても巡航ミサイルなどによる核攻撃が可能となる。

b) 陸上戦力
 *2コ海軍歩兵師団がACV、ヘリ、上陸用水陸両用戦車などを使い同時強襲上陸が可能であり、同時に四コ機械化師団分を海上輸
  送しうる能力を保有する。
 *2コ空挺連隊の同時空輸が可能であり、一日以内に空挺師団全力を空輸できる。また、2コ空中攻撃旅団を指向できる。
 *特殊作戦を行う2個旅団が指向可能である。
  以上合計すれば、日本に対して着上陸侵攻可能な陸上兵力は、第一段階の作戦において約18万人、引き続き作戦を拡大すれば総計
  65万人規模の戦力が指向可能である。

c) 海上戦力
 第二列島線から米海軍に対する進出拒否戦力を縦深にわたり展開するため、第一列島線内への米海軍、空母打撃部隊の進出は容易ではなく、第一列島線内の制海権を概ね確保できる。(表3参照)

                表3-中国軍が設定している第一列島線と第二列島線
 中国軍は、海洋進出のための戦力展開の目標ラインを
第一列島線:沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島に至る列島線
第二列島線:伊豆諸島から小笠原、グアム・サイパン、パプアニューギニアに至る列島線に設定している。

d) 航空戦力
 航空自衛隊との航空撃滅戦を遂行して、西日本まで航空優勢を確保できる能力を保有する。

                    表4-「中国軍の対日指向可能兵力」
 中国軍の対日指向可能兵力

1.2.2 ロシア

1.2.2.1 2007年時点の極東地域のロシア軍の戦力
 全面的かつ強力な核戦力(SS-25などのICBM、SLBM搭載のデルタV級SSBN、戦略爆撃機Tu-95MSなど)を展開するとともに、陸軍約9万人、15コ師団、艦艇約250隻、60万トン、作戦機約630機が配備されている。
 ピーク時と比較すると大幅に削減された戦力レベルにあるが、極東地域に限っても相当規模の戦力が存在する。

1.2.2.2 今後の趨勢
 ロシアは、近年、民主国家の体裁をとりつつも国内では強権支配体制を強化し、対外的にはグルジア侵攻や石油・天然ガスを政治的武器として他国を意のままに操ろうとする資源戦略の発動などで本性を露わにしている。
 また、過去数年間連続し、対前年度比15%以上の急激な伸び率で軍事費を増大している。軍事費は2000年から6倍以上になっており、軍備力強化に拍車をかけている。
 さらに、わが国周辺では、地上軍の訓練・演習、原子力潜水艦によるパトロール、戦略爆撃機による領空侵犯など軍事活動を活発化させており、その脅威度は警戒レベルにまで高まりつつある。

1.2.3 北朝鮮

1.2.3.1 2007年時点の北朝鮮軍の戦力
 北朝鮮の核兵器計画は相当に進んでおり、わが国を射程内に収めるミサイル(戦域ミサイル)および米国の一部へ到達するミサイル(戦略ミサイル)をすでに保有している。
 また、陸軍約百万人、27個師団、艦艇約640隻、10~9万トン、作戦機約590機が配備されている。
 わが国にとっては、開発中の核ミサイルと約10万人規模の特殊部隊が「眼前の脅威」の中心である。

1.2.3.2 今後の趨勢
 2008年11月20日、米国家情報会議(NIC)が発表した「世界潮流2025」によると、2025年頃には何らかの形で韓国と北朝鮮の国家統合がなされる可能性があると指摘している。
 その統合の態様によっては、わが国に隣接した朝鮮半島に、核を保有する敵対的軍事大国が出現することになり、わが国の安全保障上、看過できない深刻な事態が生起する恐れがある。

 「不易流行」という言葉があるが、このような時代には、表層で起こっている様々な「流行」に流されることなく、国際情勢における大きな構造変化とわが国に対する軍事的脅威の実態を見極めるとともに、 わが国の地政学上の基本的特性、国土防衛や侵略の抑止といった防衛上の重要な基本政策など「不易」の立場に戻って防衛のあり方を再考することが必要である。

 すなわち、わが国の地政学上の基本的特性と国際情勢の構造的変化を踏まえた防衛戦略並びに防衛政策の構築、軍事的脅威に対抗できる国土防衛を第一とした抑止重視の防衛体制の確立、 その体制確立に必要な防衛力の整備とそのための防衛関係経費の確保が重視されなければならない。
 また、わが国の国家目標を確立するとともに、国際平和協力活動など日本領域外における自衛隊の任務・役割の増大にも十分に対応しうるよう、適切な体制を整備しなければならない。

2 「わが国の地政学上の基本的特性」と「国際情勢の構造的変化」を踏まえた防衛戦略並びに防衛政策の構築

2.1 海洋・島嶼国家としての立場に従った国家運営と国家戦略の追求

2.1.1 海洋国家としての立場を共有する国家間の安全保障関係強化
 わが国の対外政策は、同じ海洋国家であり、世界大国である米国との強固な同盟関係を核心とし、海洋国家勢力との連合・連携を強化して大陸国家勢力の脅威に備えることを基本方針とすべきである。
 この際、朝鮮半島の地政戦略的意義を見極め、韓国を同じ陣営の一員として繋ぎとめ、日米韓の安全保障関係を強化するとともに、同じ視点に立って台湾およびオーストラリアや東南アジア諸国などとの関係強化を図ることが重要である。

2.1.2 大陸国家との関係構築に際しての国益に基づく冷静な戦略判断
 一方、大陸問題については、「大陸への不介入」および「大陸からの膨張阻止」の基本原則を確立するとともに、大陸国家との連合・連携などについては、国益を基に冷厳な戦略判断を行い、慎重の上にも慎重を期することが大事である。

2.1.3 隣接する大陸国家・軍事大国の中国とロシアに対する十分な対策
 わが国に対して最も重大な脅威を及ぼす恐れがある国家は、ユーラシア大陸の沿岸地帯(リムランド)に位置して大陸国家でありながら陸と海の両方を睨みつつ両生類的に機能し、海洋進出の意図と能力をもつ隣接する軍事大国の中国とロシアである。
 また近年、中国は言うに及ばず、ロシアの脅威も警戒レベルにまで高まりつつある。わが国は、両国を主要防衛対象国として大局的かつ長期的な視点をもって防衛力整備などの各種政策を着実に推進しなければならない。
 なおこの際、国家として、主要防衛対象国をあえて対外的に明確にしない「曖昧戦略」を採るのは当然の措置である。(図3参照)

 海洋国家と両性類国家の紛争
                        図3-海洋国家と両性類国家の紛争

2.1.4 非中華の大陸国家勢力との安保協力関係の強化
 中国の東アジアにおける覇権的拡張によって、わが国の政治面、軍事面、および経済面における国益を確保できない事態に陥ることは何としても阻止しなければならない。
 このためには、中国を取り囲むインド、モンゴル、そしてカザフスタン等の中央アジア諸国など非中華の大陸国家勢力との連合・連携や安保協力関係の強化などにも思い切って踏み込む必要があり、 あらゆる手段を駆使して覇権大国のパワーや影響力を最小限に抑えることに全力を傾注しなければならない。
 この際、中国とは戦略的対抗(ライバル)関係にあり、インド洋における日本のシーレーン防衛に大きな影響力をもち、また「世界最大の民主国家」としてわが国と基本的価値を共有するインドとの連携強化が極めて重要である。

2.2 軍事的脅威に対抗できる「国土防衛」を第一とした抑止重視の防衛体制の確立
 戦いの究極の目的は、「土地と人の支配」にある。
 すなわち、相手国が陸上戦力(海兵隊を含む)をもって行う着上陸侵攻によって国土と国民を直接支配されることが、わが国にとっては最大かつ真の脅威である。
 したがって、この侵攻事態を拒絶する態勢を確立することが「国土防衛」における中心的かつ最重要の課題であり、わが国防衛政策の基本中の基本として位置付けなければならない。

 江戸時代の後半、鎖国中の日本を挑発するかのようにロシア船が北海道近海に出没する事態に危機感を抱いた水戸学の重鎮・藤田東湖は、「回天詩史」の中で、「土地や人民を異国に奪われるのは日本の恥辱。 土地一寸、人間一人たりとて死守すべし」と3代将軍・徳川家光の言葉を警句として引用している。(産経新聞、平成20年10月2日付「次代への名言」)
 この言葉の通り、国土と国民を守ることが「国を守る」ということの本質である。

 これを防衛作戦の面から捉えると、陸上自衛隊はもとより、海空自衛隊の基地は国土上(陸地)にあり、その作戦遂行は基地の不断の存続なしには成り立たない。
 また、国家体制の維持や国民の継戦意思をはじめとして、戦いを遂行・継続するための人的・物的資源、経済産業・社会活動およびインフラなどの防衛基盤あるいは継戦基盤のすべては国土に全面的に依拠しており、 その安全確保なくしては防衛作戦の遂行が困難であるばかりか、それを守ること自体が防衛作戦の目的そのものなのである。

 一方、防衛力の役割は、侵略を未然に防止する「抑止」と万一抑止に失敗した場合の「対処」にある。
 わが国は、軍事上はきわめて形勢不利な専守防衛を基本方針とするとともに、国土の戦略的縦深性に乏しい。
 また、先進工業国、人工都市集中型・高度情報化社会などの特性に起因する国土防衛上の脆弱性を内在している。
 このため、侵略の対処よりその抑止を重視しなければならない。

 相手国に侵略の意図と能力を持たせないようにして抑止を達成するためには、核攻撃(核の威嚇を含む)、着上陸侵攻、海からの攻撃、航空攻撃、ゲリラ・コマンド攻撃、サイバー攻撃など予測されるあらゆる侵攻事態に対処できる一定の質の 高い防衛力を保持するとともに、隙のない防衛体制および国内体制を確立することが重要である。

2.2.1 対着上陸防衛
 前に述べたように、対着上陸防衛が「国土防衛」における主題であり、わが国防衛政策の基本である。
 同盟国アメリカは、アジアから地上兵力を撤退させる動きを見せており、「国土防衛」はわが国自身が自らの責任において成し遂げなければならない。

 世界各国の兵員数は、現役と予備役を合わせると対人口比約1%であるが、わが国の現状は、わずか0.2%に過ぎない。中でも、陸上防衛については、現役陸上自衛官一人をもって約一千人弱の国民を守らなければならない勘定になり、 予備自衛官を合わせてもなお兵員数が絶対的に不足する極めて憂慮すべき事態になっている。

 つまり、現大綱によって大幅に組織・規模が縮減され、列国の兵力構成と比較しても極端に少ないわが国の陸上兵力、すなわち陸上自衛隊の拡充が対着上陸防衛体制を強化する上での最優先課題の鍵である。(表5参照)

 わが国に対する侵攻事態には、表4「中国軍の対日指向可能兵力」が示すように、十分な海上輸送能力に裏付けられた大規模な戦車戦力が陸上戦力の骨幹になると見積もられる。 にもかかわらず、わが国が保持すべき防衛力について、「戦車無用論」を声高に主張する向きもあるようだ。
 そのような論議は、侵略への対処のみならず抑止の観点から見ても軍事常識を逸脱した、あるいは為にする無責任かつ危険なものであって、当然ながら排除されて然るべきである。

                     表5-「主要国・地域兵力一覧(概数)」
   

2.2.2 島嶼防衛
 わが国は、海岸線の長さが100m以上の島が6852カ所もある多島群島である。
 このうち、人が住んでいる島は約400カ所で、その他は無人島であり、ほとんどの島は無防備の状態に置かれている。北方四島、竹島の例が示すように、歴史的に見てもわが国の島嶼防衛は国土防衛上大きな課題の一つであり、 尖閣諸島もその二の舞にならないとも限らない。
 わが国は、尖閣諸島のみならず、中国などとの国境の島には平時から自衛隊の部隊を配備することを基本とし、止むを得ず直接配備できない場合には、情勢の変化に応じて速やかに部隊を展開できるよう即応態勢をとっておくことが不可欠である。

2.2.3 対核防衛
 北朝鮮の核による「眼前の危機」のみならず、わが国を見据えている中露の核の脅威に対処するため、わが国は、当面、集団的自衛権の行使を認めること、弾道ミサイル防衛(BMD)システムを着実に整備すること、 自衛隊に敵基地攻撃の権限と能力を付与すること、民間防衛(国民保護)を一層強化することなどわが国の防衛・国内体制を早急に整備しなければならない。
 同時に、日米同盟がわが国に対する武力攻撃事態や周辺事態等に際し、有効に機能するよう各種の条件や環境を整備することが重要である。
 特に、米国の「核の傘」の信頼性を向上するため、日米両国の国家レベルにおける核戦略・核政策を協議する組織や仕組みを作ること、平素から日米共同指揮所を日本国内に常設すること、わが国の「非核3原則」を見直し、 米軍の運用上の要求に基づく核の持ち込みを認めることなどの措置が必要である。
それでもなお残る米国の「核の傘」の信頼性に対する不安を解消するには、NATO、特にイギリス型の米国との核共有の途を模索することがわが国にとって最も現実的かつ有効な選択肢である。
 なお、本件については、郷友総合研究所編「日本の核論議はこれだ」(展転社)に詳しく記述されているので、ぜひ参照されたい。

2.3 その他の重視すべき防衛政策

2.3.1 シーレーン防衛への拡大的関与など
 海上自衛隊は、現行の1000マイル・シーレーン防衛をより積極的に遂行するとともに、中東湾岸地域およびアフリカまでのシーレーン防衛についても拡大的に関与して行かなければならない。
 また、中国の海洋進出の脅威に備えるとともに、排他的経済水域(EEZ)200海里時代の海洋権益を保全するため、島嶼防衛および沿岸防衛能力の向上とわが国周辺海域における広範継続的なプレゼンスを確保しうる能力を保持しなければならない。
 この際、米第七艦隊との共同作戦を行うために対潜水艦戦に偏っている兵力構成の見直しが必要である。

2.3.2 国際平和協力活動の体制整備

a) 国家目標の確立 → 「国際国家」・「国際大国」への道
 わが国は、中国を凌駕してアジアの「地域大国」になれる条件や可能性を十分に持ち合わせているとは言い難い。
 一方、資源小国・貿易立国(通商国家)である日本の基本的特性を考えれば、平和で安定した国際社会の維持と世界各国・地域との自由で活発な貿易や交流が不可欠である。
 したがって、そのような国際社会の構築に積極的に参画し、友好協力・互恵関係のなかで国力・国威を高め、そして世界の尊敬を集めるとともに、自らの責任・理由によって他国の敵ないしは脅威や憎悪の対象とならない国家像を模索することが 必要である。
 すなわち、わが国は、アジアの「地域大国」を目指すのではなく、「国際国家」あるいは「国際大国」を目標とした国柄を追求すべきである。

b) 基本法の制定などを通じた適切な体制の整備
 わが国は、国益に基づいて国際平和協力活動(PKOなど)やODAなどをより主体的、積極的かつ戦略的に展開することが必要である。
 したがって、このための防衛力の使用については、安全保障基本法(仮称)や国際平和協力法(仮称)の制定などを通じて、わが国の国家戦略遂行上の重要な手段であるとの位置付けと国民的合意の形成ならびに国際標準に則した権限の付与などが 不可欠である。
c) 予備役制度の拡充
 世界各国は、現役定員をはるかに上回る予備役を保持している。
 ちなみに、日本の周辺国を見れば、中国は現役約220万人に対して予備役約80万人、人民武装警察約150万人、民兵(基幹民兵のみで)約1,000万人、併せて千数百万人以上(現役比率560%以上)の予備要員を堅持している。
 また、北朝鮮は現役約110万人に対して約470万人(同427%)、韓国は現役約69万人に対して約450万人(同652%)、台湾は現役約29万人に対して約165.7万人(同571%)の予備役をそれぞれ保有している。

 それに引き換え、わが国は、陸海空自衛官総計約24万人に対して予備自衛官、即応予備自衛官および予備自衛官補を合わせて約4.4万人に過ぎず、規模的には現役比率にして20%に満たない予備要員の備えしかない。
 しかも、有事に制度が十分に機能するのか甚だ疑わしいなど根本的問題を抱えており、極めてお粗末な状態に置かれているといわざるを得ない。
   一端有事には、現役は極めて限られた兵員をもって基本的に第一線に集中せざるを得ない。 
 その後方地域のテロ、ゲリラ・コマンド攻撃等に対する警備、兵站支援、国民保護(一部の損害復旧を含む)、現役の損耗補充など予備役が担うべき役割は甚大であり、現役の増勢とともに、予備役の規模的拡大ならびに制度の抜本的な見直しが 不可欠である。

3 防衛力整備とそれに伴う防衛関係経費の確保

3.1 基盤的防衛力のすみやかな回復と新たな防衛所要の上積み
 現大綱によって、大幅に縮減され、弱体化した国土防衛力を立て直すには、前大綱以前の防衛力整備の目標になっていた基盤的防衛力のレベルを早急に回復し、アジア周辺諸国との軍事力格差の拡大に歯止めをかけることが最優先の課題である。
 あわせて、BMDシステムなどの新たな防衛所要については、基盤的防衛力整備の経費に所要経費を上積みして充足する必要がある。
 そして、中国やロシアなど周辺諸国の各種脅威の高まりに遅れないよう情勢の変化に応じて防衛力の拡大的強化(エクスパンド:EXPAND)を図り、これに十分対抗できる防衛体制を構築しなければならない。

3.2 防衛関係経費GNP2〜3%への段階的拡大など
 このため、不文律ではあるが防衛力整備の大きな歯止めの役割を果たしている「防衛関係経費GNP1%以内」の方針撤廃を改めて明確にし、欧米先進国並みにGNP二〜三%程度まで段階的に拡大しなければならない。

 また、自衛官の定数については、国家公務員の定数管理(例えば「総人件費改革」:国の行政機関の定員を平成18〜22年の五年間で5%以上削減)の対象外とすることが必要である。(表6参照)

                        表6-主要国の国防費
      主要国の国防費

3.3 米軍再編関係費等の別枠化
 この際、「米軍再編」関連経費は、日米同盟を維持する上で拠出しなければならない分担金といえようが、防衛関係経費の別枠とする政治的決断が強く求められる。

3.4 政府的リスク負担の明確化
 もしも、周辺諸国の軍事力増強に対応する防衛政策の実現に必要な経費を確保できない場合、それに伴うリスクについては政治が全面的な責任を負うことを保証しなければならない。