新たな核脅威下での 国家防衛・国民保護に関する提言
-米国の「核の傘」は有効か?-
―― わが国の核政策を積極的に論議し,現実的な核抑止・対処体制を早急に確立せよ ――

平成19年5月3日
(社)日本郷友連盟

提言書起案グループ; 倉田英世(Gp長),樋口譲次(主筆),鬼塚骼u,高井晋,冨田稔,矢野義昭

-目次構成-

T 提言の趣意 
U 提言
 1 日米安保体制を強化し,「核の傘」の信頼性を確保せよ。
 2 集団的自衛権行使を含む防衛体制を整備せよ。
 3 危機管理・有事対処に配意した国内体制を整備せよ。
    研究成果出版「日本の核論議はこれだ」の紹介  
  書籍

T 提言の趣意

 北朝鮮は,平成18年10月9日,「日朝平壌宣言」や「六者会合に関する共同声明」並びに国際社会の度重なる自制要求を無視して核実験を強行しました。
 これをきっかけとして,現職閣僚等から「核について議論すべし」との提案がなされ,わが国で戦後初めての現実的な核論議が起こりました。
 これに関連して,同年12月15日付の産経新聞では,東京都心が長崎級の核攻撃を受けたならば,死者五十万人,負傷者は数百万人に及び,国の政経中枢は消滅し,経済,社会,文化的損失は計り知れないとの専門家のシミュレーション結果が 報道されました。
 北朝鮮によって突きつけられたこの「眼前の危機」に直面して,戦後六十年余りを平和に過ごしてきた大方の日本国民は驚天動地の衝撃を受け,危機意識を覚醒され,これまで漠然とではありますが信頼し, 依存してきた米国の「核の傘」について少なからぬ疑念や不安を抱くに至りました。

 もとより,国家の究極の役割は,その「生存と安全の確保」,すなわち国防にあります。

 今,北朝鮮による新たな核脅威の現出に対して国民を守るために最大限の措置を講ずることは,国家としての喫緊の課題であります。このためにまず行うべきことは,これまで頑なに封印してきた核に関する国家的論議を広く起こし, 「眼前の危機」に対する現実的で実効性のある核抑止及び対処体制を早急に確立することです。
 起こりかけた核論議が,理想論を振りかざした声高な一部マスコミ等の批判に押され,あるいは六者協議の進展のみに希望を託して,再び封印されてしまうようなことがあってはなりません。
 六者協議での北朝鮮の姿勢は,決して核保有継続への執念を放棄しておらず,加えて中国,ロシアは既にわが国を見据えて多数の核ミサイルを実戦配備していると指摘されていることもあり, これら核の脅威に対する警戒や備えを断じて怠ってはなりません。

 核論議に当たっては,現実にわが国周辺に存在する核兵器の使用あるいは核兵器を背景とした恫喝等を予防,抑止し,万一,核兵器が使用されるようなことがあってもわが国土に及ぶ被害を拒否あるいは局限するための方策を, 現実的かつ具体的に論ずることが肝要です。

 平和維持のための外交努力等は不可欠ですが,これのみに頼る完全な核廃絶論は,人類永遠の理想ではあっても,現に存在する核の脅威から国民を守る手立てとはなりえません。
 国際社会にあって国の平和と安全を保つためには,外交努力等とともに,他国の無法な侵略に動じない体制と,これを排除する強い意志と力を持たなければなりません。

 一方,核の脅威には核をもって当たる核武装論にも多くの問題が存在します。
 日本が核を保有した場合,対米依存から脱却した自主防衛体制を確立し,国際的立場を強化する効果は期待できますが,国際的な孤立を招くという大きなリスクを伴う恐れがあります。 また,世界唯一の被爆国として,国民の核アレルギーを克服して核武装への国民的合意を形成することは容易なことではありません。

 加えて,これまで核問題を完全に封印してきたわが国にとって,核兵器の開発はゼロからの出発であり,たとえ小型の核弾頭のみの開発にも一定の期間が必要でしょう。 更に,わが国の核戦略上の脆弱性を考慮しつつ,抑止力として十分に機能する核兵器システムを独力で構築して実戦運用のレベルに高めるためには,相当な経費と長期間を要すると見積もられ, 当面の脅威対処には残念ながら間に合わないのが現実といえましょう。

   差し迫った「眼前の危機」に対処するためには,現行の日米安保体制をより深化させることによって米国の「核の傘」に対する国民の信頼を回復するとともに,わが国の防衛体制及び国内体制を更に堅固なものとして わが国における核抑止・対処体制を一段と強化することがより現実的かつ賢明な政策ではないでしょうか。

 そこで,(社)日本郷友連盟は,周辺諸国,すなわち中国,ロシアの核の脅威を視野に入れながら,北朝鮮によってもたらされた新たな核脅威下での実際的な国防政策として,

「日米安保体制の強化による核の傘の信頼性確保」
「集団的自衛権行使を含むわが国の防衛体制の整備」
「危機管理と有事対処に十分配意した国内体制の整備」

の三項目について,以下の通り提言するものであります。

U 提言

【三つの提言】

1 日米安保体制を強化し,「核の傘」の信頼性を確保せよ。
1)日米首脳レベルにおける,両国に係る核戦略や核政策を定期的あるいは随時に協議する組織や仕組み(システム)を構築する。
2)日米ガイドラインに基づき,わが国の核防衛のための日米共同研究を行い,共同核戦略及び共同作戦計画を作成・保持する。この際,研究の成果を踏まえて,日米の役割分担と保有すべき機能・能力を明らかにする。また,現在推進中の日米共同技術研究を更に拡大・促進する。
3)平素から,日米共同指揮所あるいは日米共同情報作戦センターを日本国内に開設するとともに,防衛省と米国国防省等との間に常駐連絡将校団を相互派遣する。
4)「非核三原則」を見直し,わが国防衛のための運用上の要求に基づく,米軍の核兵器の持ち込みを容認する。

2 集団的自衛権行使を含む防衛体制を整備せよ。
1)集団的自衛権の行使を認め,日米同盟の片務性を解消して,日米の共同行動を可能とする。
2)核戦略上不可欠な危機管理と抑止の概念を確立する。このため,「安全保障基本法(仮称)」を制定し,危機時の基本的な対処指針や対応手順などを規定する。
3)国家の情報機能を一段と強化するとともに,「安全保障会議」を改革して国家の危機管理体制を確立する。
4)弾道ミサイル防衛(BMD)システムの一層の前倒し導入を図る。
5)自衛隊に敵基地攻撃の権限と能力を付与する

3 危機管理・有事対処に配意した国内体制を整備せよ。
1)各省庁,中央地方及び官民が総合一体化した危機管理体制と有事体制を確立する。
2)民間防衛体制を更に強化する。特に,全国民が参加する民間防衛組織を確立するとともに,シェルター等の防護施設を整備する。
3)国家秘密保護法とスパイ防止法を制定する。この際,米軍との間で,「軍事秘密一般保全協定(GSOMIA)」を早急に締結し,機能させる。

【補記】
 中露による核戦力の増強及び近代化,北朝鮮,イランでの核拡散など,核の脅威が増大しつつある趨勢を踏まえて,中長期的課題として,NATOの体制に準じた日米間での核共有の可能性について検討することが必要である。

 あわせて,欧州と同様にアジア・太平洋地域においても,核抑止力の確保のため,核不拡散条約体制の見直しも含めた新たな核管理のための体制のあり方について,価値観を共有する関係国に多国間協議を呼びかけることを提言する。

【本紹介】

書籍『日本の核論議はこれだ』 出版(展転社
書籍
序章 日本の核論議
「東京直撃で死者五十五万人」の衝撃;国政の場で核論議を封印してはならない
第1章 核武装論の問題点
(1)わが国の核政策―内外の取り決めや公約でがんじがらめ
(2)わが国の核兵器開発能力―ほぼゼロからのスタート
(3)核戦略環境の非対称性―わが国の相対的脆弱性
(4)わが国の世論と政治のイニシアティブ―動かない世論と弱い政治力
第2章 当面の現実的政策としての日米安保体制強化論
(1)日米安保体制の強化―核の傘の実態とその信頼性向上
(2)わが国の防衛体制の見直し
(3)わが国の国内体制の整備
第3章 将来の選択肢としてのNATO型核共有等の模索
(1)NATOにおける核共有の歴史と各国の核共有のあり方
(2)日本としての核共有の選択肢
(3)望ましい核共有のあり方および具体策
(4)共通の価値観を持つ諸国との核戦略同盟形成
終章 日本の国防政策への提言