1 海洋安全保障研究会開催の背景
日本安全保障戦略研究所(SSRI)は2017年4月以来、我が国を取り巻く海洋物流ルートを巡る安全保障上の諸問題について、
SSRI研究員有志メンバーによる研究会を累次開催してきた。
四囲を海に囲まれた我が国にとって、海洋を通じて世界と繋がる海上物流ルートは経済の大動脈であり、生命線である。
特に、我が国の海上物流ルートの7割強はアジア、大洋州及び中東ルートであり、しかも我が国経済の血液とも言うべき鉄鉱石、
石炭、原油及びLNGといった化石燃料の輸入ルートである。
地球儀を俯瞰すれば、これら海上物流ルートはユーラシア大陸の南縁に沿って、また大洋州から、
南シナ海や西太平洋を通って北上する。更に、現在のところ夏季限定とはいえ、将来的には北極海ルート(北方航路)の
実用化が期待されている。
既に、中国は、「一帯一路構想」(BRI)の一環として「北極ルート」の創設を発表しており、2018年1月には、
「北極白書」を公表して、中国の海洋覇権の野望が「北極海」をも視野に入れていることを明白にした。
将来的な北極海ルート(北方航路)の実用化は、ユーラシア大陸を南縁と北縁の全周を取り巻く海洋物流ルートを
実現させるのみならず、宗谷海峡、津軽海峡を含む、我が国北方海域の海洋安全保障にも大きな影響が及ぶことになる。
我が国はユーラシア大陸の東端にあって、ユーラシア大陸を取り巻く海上物流ルートの結節点となる島国という地理的環境に
あり、特にその南縁に沿ったルートの海洋安全保障の動向は、我が国の経済と安全保障に死活的な影響を及ぼす。
安倍首相が「自由で開かれたインド太平洋」をその安全保障政策の中心的課題の1つとしている所以である。
平成30年4月に策定された、第3期海洋基本計画では、「海洋の安全保障」が主要テーマの1つと位置付けられている。
「海洋の安全保障」を実現する上で前提となるのは、「海洋状況把握」(Maritime Domain Awareness: MDA)である。
MDAは、2001年9月11日にテロ事件を契機にアメリカで始まった取り組みで、防衛、安全保障、経済など、国家レベルの諸問題に
影響を及ぶす海洋情報を、政府関係諸機関で共有する仕組みである。
その後、欧州でも、海洋環境保全を目的に加える形で広がり、現在では「海洋からの様々な人為的あるいは自然の脅威に
対応するための情報共有基盤・枠組」として深化している(古庄幸一)。
従って、「海洋の安全保障」の前提となるMDAの視点から、習近平のBRIの中でも、特にユーラシア大陸の南縁に沿った
ルート沿いにアクセス拠点を確保し、その姿を現しつつある「21世紀海上シルクロード」の今後の動向を注視し、
それがもたらす地政学的影響について分析していくことは、「法の支配」に基づく「開かれ安定した海洋」の維持、発展を目指す、
「自由で開かれたインド太平洋」構想にとって不可欠の課題といえよう。
2 主な検討課題
(1)中国軍、特に海軍力の現状と将来動向
(2)台湾海峡の現状と将来動向
(3)中国の「一帯一路構想」(BRI)の概要(特に海洋ルート)とその狙い
a 「21世紀海上シルクロード」の狙い
b 「21世紀海上シルクロード」沿線におけるアクセス拠点の現状と今後の課題
c 中国のインド洋進出の現状とその狙い
d 「北極シルクロード」に見る中国の狙いと課題
(4)南シナ海仲裁裁判裁定後の南シナ海の現状と課題
(5)インド洋を巡るパワーゲーム
(6)アメリカのアジア政策の現状と将来動向
(7)我が国の対応策―「自由で開かれたインド太平洋」戦略の具体化に向けて
3 研究発表テーマ
以上のような問題意識から、2017年度の研究では、海洋物流ルートを巡る安全保障上の諸問題について、問題の所在とその現状認識を主眼としてきた。
そして2018年度の研究では、前年度の研究を踏まえて、以下の諸問題について、メンバー各位による研究発表を逐次実施してきた。
【 2018年度海洋安全保障研究会における研究発表者とテーマ 】
研究発表者 |
発表テーマ |
上野英詞 |
世界の現状分析と枠組み 「北極海シルクロード」に見る中国の狙いと課題 アメリカのアジア政策の現状と将来動向 |
本村久郎、小野田治 |
中国軍、特に海軍力の現状と将来動向 南シナ海の現状と課題 |
小野田治 |
台湾海峡の現状と将来動向 |
矢野義昭 |
21世紀海上シルクロード |
樋口譲次 |
中国のインド洋進出の現状と将来動向 |
米田富太郎 |
インド洋を巡るパワーゲーム |
海野洋 |
中国の漁業と物流 |
4 研究成果