ウクライナ戦争におけるロシア軍の今後の攻撃進展の見通し
2024.05.01
日本安全保障戦略研究所上席研究員 矢野義昭

 ロシア軍は、今年に入り全正面で攻勢に出ており、ウクライナ軍の陣地線の間隙から包囲を繰り返し、三月後半からアウデーフカ西部とパフムート西部に機甲戦力を集中して攻勢を強めている。
 ロシア軍の進撃速度は、三月頃から一日一キロ〜十キロ前後に上がっている。このまま夏季までの約百日間攻勢が続け、優勢な航空戦力と火力掩護の下、ウクライナ軍の陣地線の間隙を突いた包囲攻撃を繰り返せば、数百キロ以上の前進が可能になるとみられる。
 四月二十六日のSNSによれば、衛星画像分析などから、ロシア軍は一日で二十平方マイルを占領し、進撃速度は一日十一キロに達しているとみられており、五月中には東部ドンバス全域を占領するかもしれない。
 四月末ウクライナ軍の司令官が、今年十月には東部ドンバスをロシア軍が占領することになるかもしれないと述べている。
 さらに、ハリコフからスーミ北部のロシア領内には十万人以上の兵力が集結中であり、今年五月にも北部正面から、ハリコフ、スーミにロシア軍の本格攻勢が実施される可能性も指摘されている(@WeebUnionWU as of April 27, 2024)。
 ロシア軍は、あと数か月でドニエプル川〜ドニプロ〜ハリコフ付近まで前進可能かもしれない。東部から圧迫を加えつつ、北部のロシア国境と白ロシアから新たに数十万人の兵力で南進すれば、キエフ(キーウ)も攻撃可能であろう。
 また、黒海の海上優勢を確保し黒海側から上陸作戦をするか、またはドニエプル川を上流で渡河して南進することにより、オデッサを奪取する作戦も同時に行われる可能性もある。
 黒海のロシア軍側が海上優勢をとれなければ、この作戦は成り立たない。ロシア軍の黒海での海上優勢を阻むには、米英は直接的軍事介入を決断する必要がある。そうなれば、核戦争のおそれも高まるであろう。米英軍の直接的な軍派遣がないとすれば、オデッサがロシア軍に占領される可能性はある。

 今年三月二十日、モスクワ近郊のコンサートホールで百四十四名以上が殺害される大規模テロが発生した。ロシア側はウクライナの関与を疑っており、 メドベージェフ国家安全保障理事会副議長は四月、「関係者は全員見つけ出し懲罰を加える」、「ゼレンスキー自身がこのモスクワでのテロの背後にいた十分な証拠があれば、指導者たちは機会があれば清算すればいい」と、ゼレンスキー政権打倒を示唆する発言をしている。
またロシア政府は、これまで「特別軍事作戦」と称してきた現在のウクライナでの戦かいを、公式に「戦争」と呼称することにしたと表明している。
 これは、戦争目的の拡大、そのための全面動員体制への移行を示唆する動きである。すなわち、これまでロシアは、ゼレンスキー政権の打倒を戦争目的に含めていなかったが、今後はそれを追求するとの意思表示とみることができる。メドベージェフ発言とも一致した意思表示と言える。
 そのためには、キエフの攻略とゼレンスキー大統領の拘束が不可欠になる。このため、ロシアは今後、百五十万人から二百万人に増員し、北部正面からも攻勢をすることになるとみられる。
 ロシアでは今年に入り徴募した十万人の兵員のうち一万六千人が、三月のテロ事件以降の十日間に殺到したとのロシア側の報道もある。テロ事件がロシア国民を憤激させ、戦争遂行意思を高めさせたことを表している。
 このような国民の支持の高まりもあり、今後ロシア軍は百七十万人以上に増員されると予想される。現在ロシア軍は前線に約百万人を展開しており、そのほかに約七〇万人の兵力を集結し攻勢を準備中とみられている。

 他方のウクライナ軍は、旅団単位の予備隊も尽き、東部ドンバスの陣地線は弱く、配備兵力の歩兵が不足している。西部ドンバスの予備隊主力は、ロシア軍の北部正面からの攻勢に備え拘置されており、東部ドンバスに転用はしていない模様である。
 ロシア軍の優勢が続き、ウクライナ軍が阻止力を持たなければ、ウクライナ政府としてはどこかの時点で休戦し、講和交渉に応じざるを得なくなるであろう。講話時の停戦ラインは、今夏なら上記程度の前進限界線となるとみられる。
 即ち、最小でもハリコフ〜ドニプロ〜ドニエプル川の線、北部からの攻勢があればキエフ〜ドニエプル川東岸の線、さらに南部での攻勢もあればオデッサも占領されるかもしれない。
 ただし、キエフもオデッサも占領するとすれば、ロシア軍の戦力は百七十万人でも不足するとみられ、予備役二百万人に全面動員をかける必要が出てくるであろう。

 今回の戦争状態の宣言は、全面動員も可能にする体制への移行を意味し、キエフを攻略しゼレンスキー政権を打倒するまで、戦争を継続するとのロシア政府の意思を明確にした動きとみることができる。
 このような戦争目的の拡大を前提とすれば、ロシアは、キエフのみならず、最大限ウクライナ全土の占領まで追求する可能性もなしとしない。ただし、その場合は、ロシア軍とポーランド軍、ルーマニア軍、バルト諸国軍およびそれらの諸国に駐留する米英独仏などNATO諸国軍との直接対決となり、 世界的な戦争の拡大を招き核戦争の恐れも一気に高まる。

 また、西部ウクライナの住民は、ほぼウクライナ系住民でありウクライナ語を話し、ウクライナ人としてのアイデンティティが強く、ロシア軍にとり占領統治も容易ではないであろう。
 軍事占領後も執拗なテロやゲリラ戦、現在ならドローンなどの奇襲攻撃に悩まされることになると予測される。兵站支援距離も伸びて戦力の維持も容易ではなくなり、ロシア軍の航空優勢もNATO空軍が直接介入すれば、維持できなくなるであろう。

 これらの要因を考慮すれば、ロシアとしてはウクライナ全土の占領は追求しない可能性が高い。その場合、ウクライナのNATO軍化が続けば、ウクライナ国内からのドローンや特殊部隊によるテロや破壊工作は執拗に続けられることになるであろう。ロシアの治安の悪化と国力の消耗は進むが、直接的な軍事占領よりはリスクは少ない。

 ロシアとしては、ゼレンスキー政権打倒後に親ロ派の政権を立て、政治外交的解決を図るとみられる。二〇一四年に仏独の仲介で成立したミンスク合意方式で、両軍の引き離しと停戦が図られる可能性もある。

 現在の兆候と戦略的妥当性からみて、プーチン政権は、キエフ占領とゼレンスキー政権の打倒まで追求する可能性は高い。ただし、戦後のウクライナの中立化がNATO側により保障されれば、ロシア軍のキエフ占領は一時的で最終的には撤退し、 ハリコフ以東の東部四州とクリミアを実質的に併合する態勢で停戦ラインが引かれることになるかもしれない。

 最終的には、ウクライナもNATOも合意した新たなミンスク合意が、よりロシア側に有利な形で再保証され、停戦、講和になる可能性が高いと言えよう。
(以上は、JBPpress, http://jbpress.ismedia.jpの寄稿文に補筆修正したものです)。